389 名前：品評会用作品『蝉』 ◆aDTWOZfD3M ：2006/08/06(日) 12:02:08.68 ID:dT/m/oQV0
夏からセミの声が消えてもう七年になる。今年の夏も、まだ一度もセミの鳴き
声は聞こえてこない。
「今年もだめかな」
私は七月分のカレンダーをやぶりすてながら呟いた。
実際、七年前に初めてセミの居ない夏が来た時、世界中が大騒ぎになった。
なにせ毎年当たり前のように鳴いていた蝉が、その年は一匹も現れなかったの
である。テレビ番組はほぼその話題だけになり、カルト宗教は終末論を振りま
わし、昆虫マニアは山籠もりし、セミの標本が盗まれる事件が続発した。
調査団により、かつて無いほど真剣な調査が行われた結果、セミは消えたの
でなく、羽化しないだけだと解った。セミの幼虫は土の中から出ず、どういう
わけか、地中で繁殖するようになってしまったのだ。このように幼虫が繁殖能
力を持つ例は、一部の昆虫で確認されていたが、なぜ突然セミがそうなったの
かは全く不明。ある学者は大気汚染が原因だとし、またある学者は自然界のバ
ランスが崩れた事が原因だと主張した。しかし未だ結論は出ず、セミが姿をけ
したまま、今にいたる・・・
私はいつものようにテレビをつけた。すると臨時ニュースを放送していた。
『繰り返しお伝えします。本日、全国９８ヶ所の観測点で、七年ぶりに大量
のセミの成虫が発見されました・・・くりかえしお伝えします・・』
私は驚いて画面を凝視した、まぎれもなくセミがたくさん飛び交う映像。だ
が、どうも様子がおかしい。このセミの量、多すぎないか・・・
するとテレビの方でも動きがあった。キャスターに紙が手渡される。
『ただ今入った情報によりますと、常識を遥かに超す量のセミが羽化し、空
を覆い尽くすように飛んでいる模様です・・あの、これほんとですか？・・・
失礼しました。さきほど内閣府より、セミ大量発生警報が発令されました。
皆様窓を閉め、戸締まりを確認してセミの飛来に備えてください・・・』
私が思わず窓の外を見ると、彼方から爆音のような鳴き声を発しつつ、黒
雲のごときセミの大群が現れ太陽の光を遮った。更に、黒い体色のセミがあ
らゆる物に張り付いたため、まるで蠢く闇が世界を覆い尽くすようだ。
私は唐突に悟った。セミは七年の間地中の暗闇で、この闇を蓄えていたの
だと。セミこそが、暗黒の世界の使者だったのだ、ということを・・・