【 無題/暗闇 】
ID:C/pdyzSh0




352 名前:以下、名無しにかわりまして忍者がお送りします :2006/08/06(日) 04:21:48.06 ID:C/pdyzSh0
 目を覚ました少年に、少女は優しく声をかけた。
「やあ、おめざめかい?」
 そこは殺風景な部屋だった。ベッドと机だけしかなかった。
 ベッドの上には体を起こした少年がいた。
 机の上には教科書が数冊あった。その横にはにじんだノートが広げられていた。
 突然の通り雨のせいだった。少年はずぶ濡れになった。
 少年は少女に言った。
「まだ眠いけれど、大分気分がよくなった気がするよ。でも君、誰だっけ?」
「さあ、誰だっけ」
 そういえば、と少女が続ける。
「病み上がりの語源、君は知っているかな?」
 少年は首を振った。
「病みとは隠語で闇を、上がりとは暗がりから這い出ることを指しているのさ。
……つまり闇上がりとは日の下に体を晒すということなんだよ」
 少年は黙って話しを聞いていた。
「病は気からと言うだろう? 江戸時代では一度病を患ったものは、それが治
るまでは家屋の奥にいなければならないという決まりがあった。暗い部屋の中
でうんうんと唸る。自然と気も落ちていくものさ。けれど病がもし治ったならば、そ
こから出て行くことができる」
「それが病みあがりってことだね」
 少女は何も言わずに微笑むと、音も立てずに立ち上がり、部屋から出て行った。
 もちろんドアは開かなかった。
 やがて部屋は真っ暗になった。少年は嘘だと気付かなかった。
 闇上がれず泣き声響く、光届かぬ腹の中。少年空しくさようなら。



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