【 暗闇の向こう 】
◆8vvmZ1F6dQ




145 名前:暗闇の向こう ◆8vvmZ1F6dQ :2006/08/05(土) 19:12:43.17 ID:UPjW8p6F0
列車は揺れる。窓の向こうには星空が広がっている。
様々な星が、やけに輝いていた。月は表面のクレーターすら見えそうなほど、大きく眩しい。
窓に映る私の顔に、いくつもの星が重なっていた。私はいつかその一部になるのだろうか、と感慨深くなった。
ふいに、ガラス越しに一人の女の人が見える。いつ乗ってきたのだろう。乗るときには居なかった。
上品な雰囲気のその婦人は、私の横に腰掛けた。
綺麗な夜ですね、と私は会釈をする。婦人は笑った。洋風の車内に、婦人は絵になっていた。
彼女は訊ねる。
「どちらまで?」
私には目的地などない。肩をすくめると、窓の外の満月を指差してはにかんだ。
「ちょっと月までね」
婦人は、まぁ、と可愛げな悲鳴をあげた。そして、私も近くまで行くんですよ、と冗談を言う。
更に私が冗談を重ねようとしたとき、ふいに月と星が消えた。列車がトンネルへと入ったのだ。
窓の外は暗闇に閉ざされた。長くなりそうなこの闇に、私は溜め息を吐いた。しかし婦人は、
「このトンネルを抜けたら、すぐですよ」
と微笑みを浮かべる。
列車は闇の中を走り続けた。そして、揺れ続けた。長い時間が過ぎる。
会話も途切れ、うとうとしていた私の身体を、婦人は揺すった。
「もうすぐ、出口です」
婦人の言葉に、目をこすりながら私は窓の外を見る。ぼんやりとした視界に、まず、外を指差す婦人の指が分かった。
次に、窓の枠が分かった。さらに、ガラスに反射する私の顔が分かった。
視界の曇りがなくなるにつれ、私は信じられない気持ちになっていた。
あんなに小さかった星たちが、間近に迫っている。
表面のまだらな模様や、リングと思っていた星屑の河が、はっきりと分かる。
列車の線路が巨大な月へと続いていた。線路の上を、列車は走る。
私は、星を見た。汽笛を聞いた。
そして私は──宇宙を感じた。

──銀河鉄道は走り続ける。

おわり



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