【 煌く闇 】
◆qygXFPFdvk




110 名前:煌く闇 ◆qygXFPFdvk :2006/08/05(土) 15:26:23.71 ID:0Bh6zc7m0
 その闇は、少年の中に忽然と生まれ出でた。それがいつのことだったかは、少年自身にもわからなかっただろう。

 少年は物心が付くのが早かった。周囲の子供が車の模型で遊んでいる頃には、実際の車が如何にして走るかを理解していた。
学校の勉強も、難しいと思ったことは一度もなかった。だが、少年は決してサボりはしなかった。学校でおとなしく勉強してい
い成績を残せば、両親が褒めてくれることを知っていたから。少年は褒めてもらうことに非常に執着した。それしか両親の気を
引く方法がなかった為だ。父親は仕事人間で休日でも家にいることが少なく、母親も習い事などで外出しがちで、少年は独りで
過ごすことが多かった。そんな両親でも、少年が初めて満点の答案を持ち帰った時には「良くやった」「偉いわね」と声を掛け
てくれたのだ。だから、少年はまた褒められよう、もっと褒められようと頑張った。
 しかし、少年が高学年になり、満点を取ることが珍しくなくなると褒められることは無くなり、両親の関心も薄れていった。
 少年は勉強以外にも頑張った。父親が好きな野球の試合でも活躍したし、母親が呼んだピアノの講師の期待にも答えた。だが
それも最初だけ。父親は二度と試合を見に来ることはなく、母も少年のピアノに耳を傾けることは減った。それどころか、家族
の会話もほとんどなくなっていた。少年は悩んだ。どうすれば褒めてもらえるのか。どうすれば両親は自分を見てくれるのか。

 小学六年生になったある日、少年は思いついた。もうすぐ両親の結婚記念日だ。毎年その日は父親も早く家に帰り、買ってき
たチキンやケーキを食べ、家族でお祝いするのが常だった。そこで少年は貯めたお小遣いで材料を買い、カレーを作ることにし
た。両親を驚かせ、褒めてもらうために。初めて使う包丁であったが、少年は見事に使いこなして見せた。少年には、野菜を自
分の思い通りの形に切ることが楽しく感じられた。そして、それを実現させる包丁に感動した。カレーは無事完成したが、少年
の心は別のことで昂ぶっていた。刃の放つ煌きにすっかり魅せられていた。少年は顔を上気させ、両親の帰りを待った。
 だが、父親は帰宅しなかった。父親からの電話を受けた母親もどこかへ出かけていった。少年はカレーを一人で食べた。
 少年が中学生になると、両親の関心は全く無くなった。両親は家に寄り付かなくなり、少年は自分で食事を用意し食べた。次
第に包丁捌きは上達し、少年は刃物自体に興味を持ち始めた。お小遣いでナイフを購入したのはこの時期だった。切る対象も、
野菜から肉へ移り、それが生きたものになるのにそれほどの時間は掛からなかった。少年の近所では綺麗に解体された野鳥や野
良猫が目撃されるようになった。

 少年が中学二年生になった年の結婚記念日。家族の仲は既に冷え切り、記念日どころではなかった。原因は父親が家庭を顧み
なかったことか。それとも母親の不倫だろうか。両方かも知れない。少年は、顔を合わせる度に喧嘩を始める両親を見るのが嫌
になった。そんな時は決まって部屋に篭り、ナイフを眺める。鈍く光る刃の輝きは、心を落ち着かせてくれるように感じられた。
 そして、今。階下から両親のけたたましい叫び声が聞こえる。あの、元の仲のいい家族に戻れないのならば。いっそ――

 階下に下りた少年。少年の瞳孔は大きく開き、その闇は鈍く輝いていた。手に持ったナイフの放つ、小さな光と同じように。



BACK−「暗闇」&アレ ◆yeBookUgyo  |  INDEXへ  |  NEXT−beautiful reverse ◆RgNNTjYHj2