【 7七歩 】
◆Pj925QdrfE




722 名前:7七歩 ◆Pj925QdrfE 投稿日:2006/07/30(日) 22:08:14.86 ID:p0XIIzCEO
 俺はキセルから煙を吐く。
 遥か遠く、戦の声はここから天王山をはさんで真逆の方向で沸き起こっている。兵士達の一歩は
連なりあって粉塵を巻き上げ、目を凝らさずとも戦場が何処かなどということは容易に確認できた。
俺は薄白い煙を末まで吐き出した後、隣に立ついかにも頼り無さそうな、だが胸だけは
しっかと張っている歩兵に声を掛ける。
「綺麗な槍だねぇ。家紋まで掘り込んである」
「あぁ。我が左海家に代々伝わる、由緒正しき青銅の槍だ」
 声がでかい。俺は笑いをこらえながら答えた。
「青銅。それは凄い。綺麗な訳だ」
 その歩兵は、戦場で煙を吐くという行為か、あるいは俺の大げさな驚嘆の動作が気に入らなかったらしく、
眉間に皺を寄せて俺を一瞥し、その後はじっと前ばかりを向くようになった。
「その槍、俺のと交換しないかい。おたく、戦は初めてだろ」
 錆びたみすぼらしい槍を高々と振り回してみたが、歩兵はこちらを振り向かない。
だが額に青筋が浮かんでいるのは、横顔を見ても分かった。
「あんたはもう家には戻れないだろうから、これは俺の善意なんだがなぁ」
 堪えかねて歩兵が大声を上げた。
「ふざけるな! 貴様の様な痴れ者が、城の守護など聞いて呆れる!」
 歩兵の声は上ずって、なんとも弱弱しい。額に浮かぶ汗は飛び散って光り、
きつく結ばれている鎧兜はところどころでこすれて、きし、と嫌な音を立てる。
「守護ねぇ」
 俺はもう一度煙を吐いて、真昼の太陽を望んだ。



723 名前:7七歩 ◆Pj925QdrfE 投稿日:2006/07/30(日) 22:09:52.15 ID:p0XIIzCEO
 すると突然大きな音が聞こえ、真黒い馬に跨った屈強な敵兵が、角ばった大斧を振り回しながらこちらへ猛進してきた。
「ひぃ」
 いかめしいその姿に隣から悲鳴が上がる。だが言い終わらぬうちに、強靭な敵兵の右腕に
首根っこを掴み上げられ、哀れ歩兵は一振りで、敵陣の方向、どこか遠くまで放り投げられてしまった。
「言わんこっちゃ無い」
 構えもしなかったくせに堅く握り締めていた、あの立派な青銅の槍だけが、
彼方まで飛んでいっても、陽の光を反射して俺の目に焼き付いていた。
 屈強な敵兵は、小さく見積もっても俺の背丈の二倍はあろう巨馬を従え、俺を見下ろす。
物言わぬ圧力。俺など赤子の手をひねるようなものだろう。だが、敵兵は俺を睨みつけたままちっとも動こうとしない。
「殺してもいいのよ」
 俺が声色をつくっておどけてみせる。一瞬だけ敵兵の顔に怒りの色が混じったような気がしたが、
落ち着き払ったその呼吸は揺らいでいない。
「挑発には乗らぬ。貴様のような歩兵一匹殺したところで、我が主君には何の利も無い」
「へぇ。じゃあこっちからあんたを突っついてやろうかい」
「出来るものなら、するがいい」
敵兵は俺など気にもしていない、といったふうに馬の尻を向けた。



724 名前:7七歩 ◆Pj925QdrfE 投稿日:2006/07/30(日) 22:11:29.24 ID:p0XIIzCEO
 暫くの沈黙が続いた後、敵兵が口を開いた。
「貴様、城の守護を任されているというのに、ずいぶんと粗末な槍を持っているのだな」
 俺は肩をすくめる。
「守護なんてもんじゃねぇさ。ただここに立ってるだけでいい、って、殿様からは言われてるんでね」
「戦は何度目になる」
 上からのしかかってくるような重い声。腰が折れそうになる。
「かれこれ五十、いや百はあるかな」
「運がよいのだな」
「運じゃねぇさ。ただ他の奴らよりもさっさと走って、ここに座ってりゃいいだけよ」
「そうか」
 敵兵は何かに気付いた様子で、弾かれたように馬を繰り、俺の横から去っていった。
見送った後ちょいと後ろを向くと、先程まで敵兵が居たところに向けて矢車を構えている
ひょろ長い兵士の姿があった。

 彼方の粉塵はおさまったようだ。百戦錬磨の我が主君にとって、今日の戦も随分と楽な仕事らしい。
それからは特に騒がしいことも無く、のどかな昼下がりは過ぎていく。暫くすると、先程の屈強な敵兵が
相手の陣に向けて大斧を振るうようになっていた。



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