【 エビフライ 】
◆JkrcmOsmvs




679 名前:エビフライ(1/3) 投稿日:2006/07/30(日) 18:00:17.23 ID:vw4z8xsu0
 俺の家は大家族だ。
 俺も含めた兄弟だけで七人いる。男四人に女三人。俺は四人の男の中の二番目で高校一年だ。
 親も入れると計九人の大家族なわけだが、俺達兄弟は一日一回必ず戦争を起こす。それは夕
飯の時だ。
 家は一人一人におかずが配られるということはない。全員分を一枚一枚皿に盛っていたら、後で
洗うときに水道代がかさむ。そのため、家ではでっかい一枚の皿に大量の“本日のおかず”が盛
られて出てくる。俺達はそれを死に物狂いで奪い合うわけだ。
 本日のおかずはエビフライだった。どでかい皿に山のように盛られたそれだが、俺を含め兄弟はみ
んな育ち盛り。特に俺の下の弟二人は春樹と義和というのだが、小学五年と中学一年で食欲旺盛な
時期なうえに部活で疲れているため食欲はまさに飢えたライオン並だ。
 女性陣もなかなかの食欲を誇っていて、姉が一人に妹が二人いるのだが、一コしたの妹、春香はめ
ちゃくちゃ食う。そしてもう一人の妹、雫はまだ幼稚園なのだが、この妹がめちゃくちゃ可愛いのか、
一番上の姉、美奈ねぇが雫の分までバンバン取っていくわけだ。
 まあ、こうやって色々兄弟の説明をしたわけだが、最もやばいのは一番上の兄貴、拓にぃだ。今年
晴れて大学生になれた拓にぃは、受験の時のプレッシャーから解放されたからなのか、他とは比べ
物にならないくらいに食う。あまりに食いすぎるから、俺や春香からは掃除機男と呼ばれるくらいだ。
 さて、兄弟の紹介はこれくらいにしておこう。あ、ちなみに親二人はこの戦いには参戦しない。二人
だけはそれぞれおかずが皿に盛られて出されるのだ。母さん曰く、親の特権らしい。
 さてさて、今宵も激しいバトルが繰り広げられるわけだ。バトル開始の合図は暗黙の了解で母さん
が皿をテーブルの上に置いた瞬間からになっている。
 全員の視線が、今まさにテーブルに置かれようとしている皿の底に集まる。
 カチャ……
 空気の振動が平等なタイミングで全員の耳に届き、壮絶なバトルが始まった。

 最初に動いたのは拓にぃだった。皿がテーブルにつくのとほぼ同時に拓にぃの左手が神速で
皿を掴みにいった。そのまま皿を自分の前まで持っていき、その後の戦況を有利に持っていこ
うと企んだのだろう。だが、俺を含め他の兄弟達でそれを阻止しに行く。拓にぃの隣に座る美奈ねぇ
か拓にぃが掴むところとは反対側のところを掴み、皿が拓にぃのところへ行くのを阻止する。だ
が、他の兄弟達はそれに感謝などすることはない。拓にぃと美奈ねぇという二大勢力が行動を
僅かに停止したこの瞬間。これを逃すことはできない。

680 名前:エビフライ(2/3) 投稿日:2006/07/30(日) 18:00:34.94 ID:vw4z8xsu0
 俺は箸を大きく広げ、皿の端にあった取りやすそうなエビフライを掴み、すぐさま自分の口に放
り込む。その間に春香が器用にエビフライを二つ同時に取り、一つをご飯の上に置きもう一つに
タルタルソースをつけて口に放り込む。
 春樹と義和もそれぞれ一つずつエビフライを確保していた。その一方で拓にぃは最初の行動を
美奈ねぇに阻止されたことで諦め、こちらもまたとにかくエビフライの確保を始めている。美奈ねぇ
もすばやく自分の分を取りごはんの上に置くと、次はぼけーっとしているだけの三女雫のために
エビフライを取ってあげて雫のごはんの上においてやる。
 『食事』が始まってからおよそ三分。最初はまあこんな感じで、全員がだいたい平等におかずを貰っ
ていく。しかし勘違いしないで欲しい。普通の人、例えば家に友達がお泊りで遊びに来たとする。
そうしたら、おそらくその友達はこの最初の三分では、ほとんどおかずを食べることができない。
良くて二つか三つだろう。何せ、普通に食事をするようにゆっくり箸をおかずに持っていったのなら、
箸がおかずに届く前に、狙っていたおかずは隣に座る俺達兄弟の口の中に入ってしまうからだ。
 実際、以前家に遊びに来た春香の友達が呆然としていて何も食べれずに食事が終わったこと
があった程だ。
 さて、戦いは既に中盤を終え最終段階へと移行を始めた。
 皿に盛られたエビフライは、まだ五分も経っていないというのにその数をたった七個にまで減ら
していた。ちょうど俺達兄弟の人数分だ。普通の家庭なら、この七個のエビフライを仲良く七人で
分けるだろうが、家はそんな甘ったれたことはない。むしろ、どれだけ他の兄弟より食うか。それを
競い合うのだ。この残り七個からの激戦は凄まじいものだが、もっと凄まじいのはおかずがラスト
一個になった時だ。
 皿の上にはたった一つ残されたエビフライ。視界の端で何かが動いた。それは拓にぃの右腕だった。
ほとんど残像しか残らないスピード。情け容赦ないその速さ、だが春樹が寸でのところで拓にぃの箸を
自分の箸で掴むことでそれを阻止する。空中で交差する箸と視線。
 しかし、その下では戦いは続いている。春香がノーマークとなったエビフライに箸を伸ばした。しかし、
美奈ねぇがエビフライを弾くことでそれを妨害する。弾かれ皿の上を滑るエビフライ。それは回転しな
がら義和のところへ向かう。義和がそれに反応してエビフライに箸を突き刺そうとするが、箸はエビフ
ライではなく硬い皿に当たり乾いた音をたてる。俺が横から奪い取ったのだ。ところが、美奈ねぇが俺
の箸を自分の箸で叩くことでさらに阻止する。
 エビフライが地球の重力に引っ張られて自由落下を開始し、そこに複数の箸が交錯する。

681 名前:エビフライ(3/3) 投稿日:2006/07/30(日) 18:00:51.98 ID:vw4z8xsu0
 最初に来たのは、いつのまにか春樹の箸から解放された拓にぃの箸だ。それは右上から叩きつけ
るようにエビフライに迫った。しかし、それを横から割り込んできた義和の箸で阻まれる。そこに美奈
ねぇの箸が迫りエビフライに触れかけたが、春香が空中でエビフライを弾くことで妨害する。
 エビフライが自由落下を一時中断して僅かな放物線を描く。俺は瞬時にエビフライの軌道を予想し、
放物線軌道の頂上で箸を構える。
 ところが、実際にエビフライをキャッチしたのは春樹だった。俺の箸に近づくエビフライを、直前で割り
込むことで横取りしたのだ。そこに、「させるか!」と言わんばかりに美奈ねぇの箸が迫り、春樹同様エ
ビフライを掴んだ。二人の箸がきつくエビフライを掴む。まるで万力だ。指を挟まれたら痣ができるかも
しれない。
 二人の箸の間。誰も箸を掴んでいないところを三人目――拓にぃの箸が掴んだ。すると、拓にぃは箸
を手前に一回引っ張ったかと思うと、次は奥に向かってひねりながら動かし、手首をぐるりと回す。すると
どうだろう。それまでがっちりとエビフライを挟んでいたはずの春樹と美奈ねぇの箸がいとも簡単に外
れてしまった。エビフライは拓にぃのものに?! が、そうはいかない。俺が拓にぃの口にエビフライが
入る一歩手前で叩き落とすことに成功した。
 エビフライは再び皿の上に戻り、次の瞬間、全員の箸がエビフライに迫った。そして始まったのはさ
ながらアイスホッケーだ。一人がエビフライを掴もうとすると、他の一人がそれを弾いて阻止する。弾か
れたエビフライを掴もうと箸を伸ばす。だが、それすらも他の誰かに弾かれ失敗する。皿を四方八方に
すべりまくるエビフライ。カチカチカチカチと複数の箸と皿が当たる音が響き渡る。
 速い。めまぐるしく移動するエビフライと複雑に交錯し合う箸の群れが俺の反応を鈍らせる。エビフラ
イが皿の右のほうにあったと思ったら、次の瞬間には左に移動し、春香の箸の周りをくるりと回ったと
思ったら次の瞬間には皿の向こう側で美奈ねぇと春樹の箸の間を縫うように移動している。まるでエビ
フライが意思を持って迫りくる箸から逃げているようだ。このまま永遠にエビフライの追いかけっこをし
そうだ。が、その終わりは唐突にやってきた。
「えい!」
 そんなやけに明るい声と共に、それまで誰も捕まえられなかったエビフライに、小さな可愛らしいピンク
の箸が突き刺さった。誰もがその突然のことに呆然とし、箸の主を見た。
 そして、箸の主である雫を見た時には、すでにエビフライは雫の口の中に入っていた。
 もぐもぐとおいしそうにエビフライを食べる雫。
 その瞬、六人は全員、新たな強敵の出現を悟った。



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