【 無題 】
◆XS2XXxmxDI




649 名前: ◆XS2XXxmxDI 投稿日:2006/07/30(日) 15:24:48.19 ID:U13vVGaZ0
朧気に地を照らす月明かりと、切り捨てられ、燃え上がる提灯の他に二人の空間を照らすものはなかった。
揺らめく赤い炎を中心に、対峙した二人の男は、互いの心中を探ろうとしているのか、睨み合っている。
双方共に、右手を刀の柄にかけた状態であった。
約三メートル程の間隔があるにも拘わらず、二人の間に漂う空気は、ピリピリと互いの感覚を刺激し、
毛ほどの隙でも作ろうものなら、たちまちにして首と胴が離れてしまう気すらすら起こさせていた。
そのまま、二人の男はぴくりとも動かず、ただただ、時だけが過ぎていった。

沸々と、身体にまとわりつく嫌な汗が沸いてくるのは、なにも季節が夏だからだけではない。
研ぎ澄まされた感覚が、目の前にある辛うじて生き残った炎からも熱を感じ取り、
その上緊張が重なって、粘り気のある汗が滲み出ているのだ。
身体を包む熱気がつい気だるくさせる。
だが、ふと−−−
風が吹いたのだ。
汗でじっとりとした肌を優しく撫でるその風は、二人の気を静めるには到らなくとも、
二人の中心にある、提灯の燃え滓を散らすには充分であった。
唐突にして相手の身体に霞みがかかった。
その途端、二人の男の顔に恐怖の色が浮かんで行く。
相手が見えないとは、かくも恐ろしい事だと、二人はその時初めて理解したのだ。
辛うじて、手の届く範囲は月明かりを頼りに見えるにしても、3メートルも離れているとなると、
見える物といえば、ぼんやりとした影だけだった。
しゃっ、しゃっ、
どちらからともなく鳴った音は、互いが抜刀した事を示す音だった。
目の奥に狂気の色を忍ばせながら、ぼぅ、と青白く闇に浮かび上がった刀の動向に、全神経を集中させるしかなかった。

650 名前: ◆XS2XXxmxDI 投稿日:2006/07/30(日) 15:26:29.68 ID:U13vVGaZ0
ざり、と草履が地と擦れる音が、夜の清閑さを削ぎ、滲む汗が焦燥感をかきたてる。
先ほど吹いた風を期に、徐々に風は吹く間隔が狭めていた。
それは上空でも同じ事らしい、時折薄い雲の隙間に月が出ては、相手の身体を僅かに照らす。
しかしそれも一瞬の事、次の瞬間には、相手は再び影に戻る。

「やぁ!」
その瞬間は唐突に訪れた。片方の男が野太い声で叫び、摺り足で間合いを詰めたのである。
だが、もう片方の男は、相手に合わせて切り返す事が目的なのだろうか動かない。
その時も徐々にではあるが、3メートルが2.5、と二人の距離は狭まっている。
そして相手から、2メートル程の所で、野太い声の男は止まった。あと一歩でも踏み込めば、切れる距離だった。
今では相手の息遣いはおろか、心の臓の鼓動まで聞こえて来そうな距離に、二人は相対していた。
また、風が吹き、雲が流れ、隙間から月が照らす。
狂気により、見開かれた目が、相手を睨んでいた。

「かっ」
先に動いた男の声とは別の、獣の咆哮に似た声が響いた。
それと共に、地を蹴り、刀を振り下ろし、風を切る音がその瞬間を支配していた。
だが、次の瞬間には、金属同士がぶつかり、一瞬の火花を散らす。
獣じみた声の男は一度間合いを取り、一呼吸するとまた、男に斬りかかる。
連続する金属音。ほんの一瞬浮かび上がる凄まじい形相。
実力は均衡していた。ほんの僅かな猶予もなく、刀を重ね、なお相手に致命傷を負わす事は出来ないでいた。

651 名前: ◆XS2XXxmxDI 投稿日:2006/07/30(日) 15:27:37.25 ID:U13vVGaZ0
しかし、それでも無傷ではすまない。
獣じみた咆哮をしながら斬りつける、正に獣の様な肉体の男にも、野太い声を漏らし、
ぐっとこらえる巨躯の男の身体にも、汗に血が混じっている。
すんでの所で切り上げる刃を凌ぎ、反撃に転じ横に薙ぐ。
それを立てた刀で受け、弾き、突きを繰り出す。
もはや勝敗を分かつものは運以外になかった。
そして、再び吹いた一陣の風。
風は提灯の灰を舞い上げていた。その灰は、巨躯の男の膝を超え、獣じみた男の肩をも超え、二人の目に届いたのだ。
「うぐ、」「ぬぅ」双方が苦痛と理不尽な灰に声を漏らした。
しかし、この瞬間を互いに待っていたのだ。相手に出来る一瞬の隙を。
直ぐさま、無駄のない動きで、相手へと斬りかかる。袈裟に切り上げ、あるいは横に薙いだ。
喩え目を瞑っていたとしても、身体に染み込んだ動作である。鋭利な切っ先は相手の屈強な肉へと吸い込まれていく。
直後、湿った音が鳴った。それから、その場からは何の音も鳴りはしなかった。
あるのは、真一文字に、胸を横に切られた男と、腰から腹にかけてを割かれた男の亡骸だけだった。
未だ朧気だった月が、雲間から一瞬顔を出し、最後に二人を照らして、雲の中へと消えていった。
それでも、辺りに漂う濃い血の匂い、二人の男の生きた証だけは闇に溶ける事なく留まり、最後の悪あがきを見せていた。



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