【 想像レモンティー 】
◆2LnoVeLzqY




594 名前:想像レモンティー ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/07/30(日) 09:38:12.26 ID:uB5F/Tbb0

顔は可愛いし髪型も似合ってるしスタイルも平均以上なカナコが変な奴に見えるのは、
やっぱり彼女の言動が平均のそれとはちょっとズレているから、だと俺は思う。
けれども、健全なる男子高校生にとっての一大イベントである、告白という場面においてさえそれが問答無用で発揮されるとは、流石の俺でも想像していなかった。

つまり俺はカナコに告白した。
人が人を好きになることに理由なんかいらないだろう、と俺は思う。
気がついたらあの娘のことが好きだった、とか、何故だかわからないけど惹かれる、とか、誰にだってそんな経験はあるはずだ。
そんな誰もが通る道の上に、俺はいたというわけだ。カナコに告白したのはそれだけの理由。
だけど告白シーンでこんな断られ方をした奴は、これまでもこれからも俺くらいなもんだろう。
「ごめんね…ゆー君はタクとケンゴと戦って、負けちゃったから…ごめんなさい…」
落胆でも、諦めでもなく、俺の心を支配していたのは数百個のクエスチョンマークだった。

「よお、その様子だと、玉砕だったみたいだな」
そう言うタクは得意顔だが、俺の様子を見ればこいつじゃなくても結果はわかりそうなもんだ。
それはそうとして、玉砕、とは言い得て妙な表現だと思った。タクとケンゴ相手に特攻して玉砕、か。
俺はタクに、カナコの言葉を端的に説明した。
「…俺がお前と喧嘩?そもそも、カナコがその勝敗を知ってるのは変だろう。ケンゴって奴は知らんが」
そうなのだ。言っておくが、俺はタクと喧嘩をしたことは一度もない。
俺がタクと、ケンゴとかいう奴にいつどこで何で負けたのか。釈然としないものが俺の心に残った。

この日カナコは、ケータイ本体よりもかなり大きなクマのぬいぐるみを二つ、ストラップとしてつけていた。
ケータイが入っているカナコのスカートのポケットからは、その二つがぶら下がっている。
クマたちは色違いの服を着ていて、カナコが歩くたびに揺れる。楽しそうに揺れる。

放課後、カナコをつかまえて、あのときの言葉の意味を尋ねた。
俺はまだ彼女のことが好きだった。だから本当は、尋ねるのは気が進まなかったけれど。
「…あたしにとってはね、まるで寝耳にレモンティーだったんだよ」
カナコは俺の問いかけに答え始めた。だがそれを言うなら、寝耳に水だ。
だってレモンティーの方が嬉しいじゃん、とカナコは彼女らしい口調で答える。

595 名前:想像レモンティー ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/07/30(日) 09:38:40.50 ID:uB5F/Tbb0
「ゆー君はね、あたしの頭の中で戦って、負けたの。ゆー君だけじゃないよ、男の子はみんなあたしの頭の中で戦ってたの」
頭の中で?そして俺よりも強い奴がいたから、昨日はあんなふうに言った、と。
カナコはこくりと頷く。
「それでもゆー君はあたしの中で三位。タクが二位で、ケンゴが一位。みんな素手で戦ってたはずなのに、タクはどこかからナイフと取り出して、ぐさっとね。でもケンゴは、ナイフも交わしてタクを倒したんだぁ」
なるほどタクのことだ、そのくらいのセコい手ならいくらでも使いそうな気がする。そのセコさがカナコの頭の中にまで進出したとは。
だが、それを倒したケンゴ。つまりカナコは、ケンゴって奴のことが一番好きなのか。
ふたたびの首肯。ケンゴって誰だ、と俺は聞こうとして、思いとどまる。
これ以上聞くと、自分がますます惨めになるだ。そもそも、ケンゴが誰でも俺には関係ない。
ありがと、じゃぁな、と俺は言って、その場をあとにした。
カナコのスカートにぶら下がっている二匹のクマのストラップが、俺のことを見ていた気がした。

家に帰り、自室のベッドに寝転がって今日の話を思い出そうとする。
カナコは、俺らが頭の中で戦っていた、と言った。そうして、ケンゴという奴が一位になったのだ、とも。
俺は想像する。カナコの頭の中にある、コロシアムの中に今、俺はいる。
この戦いの優勝商品は、カナコ。彼女がそう決めたんだから、きっとそうだ。
参加者がカナコを好きかどうかなんて関係ない。このコロシアムのルールは、彼女自身だ。
俺はなりふり構わず向かってくる奴を片っ端から返り討ちにし、疲弊している奴を見つけては今がチャンスとばかりに叩き潰す。
気付けば、残っているのは三人だけになった。俺と、タクと、そしてケンゴ。
ケンゴの顔はわからない。俺は今、こっちに突っ込んできたタクしか見ていなかったから。
俺は構えを取り、最初の攻撃を捌こうとする。だが、俺はタクの手の中の光る刃を見てしまった。
一瞬だけだが、俺は動揺した。その刹那を、タクは見逃してはくれなかった。
グサリと、俺の腹にナイフが突き刺さる。冷酷な熱さが全身に広がってゆく。
「悪いね、これが俺のやり方なんで」と、タクは倒れゆく俺に向かってそう言った。

…あまりに下らない。そう思って俺は妄想を途中でやめた。
現実で戦うならまだしも、他人の妄想世界の中での戦いの結果は、俺にはどうしようもないのだ。
もしも現実で戦って、俺がケンゴって奴に勝てば、カナコは俺のことを好きになってくれるんだろうか。
けれど、俺は喧嘩に強いわけじゃないのだ。もし実際にケンゴって奴と殴りあったとしても、勝てるとは思えない。
そもそも俺はそのケンゴの居場所を知らない。年齢も、容姿も。
結局俺の負けか、と思った。ケンゴにも、カナコにも、現実ではない場所で、完全敗北だ。

596 名前:想像レモンティー ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/07/30(日) 09:39:04.93 ID:uB5F/Tbb0

「最近カナコの胸デカくなってきてるよな、やっぱり女性ホルモンの影響ってやつか。」
数日後、俺はタクにそう話し掛けられた。こいつの頭の中に広がる世界は、カナコのそれとは百八十度違うんだろうなと思った。
「そういえばカナコってケンゴって奴と付き合ってるんだってな。わざわざ告白までするとは、そのケンゴもお前並の物好きなんだな」
クラスの女子の誰かが、二人で歩いているところを目撃したらしい。
カナコのことだから、付き合うのも時間の問題だな、と思っていた。だが俺にとって驚きだったのは、後半の部分だ。
告白したのは、カナコからじゃないのか。
「ケンゴから告ったらしいんだってよ。よかったな、お前と似たような奴がいて」
おかしい。カナコは、脳内コロシアムで一位になったからケンゴのことが好きだと言った。
だから、告白するならカナコからのはずなのだ。
ケンゴから告白したのなら、たまたま二人は両思いで、付き合いだすまでそれに全く気付かなかったとでも言うのだろうか。
…もしかして、もしかしたら。俺はタクに気になったことを尋ねてみる。
「ん?そうだよ、お前が玉砕する前からあいつら付き合ってるみたい。お前の玉砕は予定調和的ってワケだな、南無三」
タクの言葉の後半は、もう俺の耳に入っていなかった。

そう、たとえばある人があるクラスに転校してきて、その中のある女の子を好きになったとする。
そのとき彼は、クラス中の女の子に片っ端から点数をつけて、一番点数が高かったの子のことを好きになるのだろうか。
いいや、それは違う。点数を見てから好きになるんじゃない。
好きになったその娘が、文句無く百点満点なのだ。
そしてもしクラス中に点数をつけるなら、その娘の百点が基準になるだろう。
知っていたはずなのに。俺はこんなに大事なことを忘れていた。

カナコは、俺から告白されるよりも前にケンゴという奴に告白され、そしてそれを了承したのだろう。
二人が付き合っていることは、つい最近まで知られていなかった。むしろ、隠そうとしていた。
だからカナコは、俺に告白されたときに大いに戸惑ったに違いない。まさに寝耳に水、カナコ流ではレモンティーってわけだ。
自分が付き合っていることをバラさずに断りたい、でもそれには、理由が必要だ。
そのときとっさに思いついたのが、あの戦いの話だったのだろう。断るための理由として。
そして翌日、まんまと鵜呑みにした俺を見て、話を広げて俺に諦めてもらうことにしたのだろう。
交際を秘密にするために。
想像の中に、想像のコロシアムを組み立てて。

597 名前:想像レモンティー ◆2LnoVeLzqY 投稿日:2006/07/30(日) 09:39:23.35 ID:uB5F/Tbb0

翌日。カナコは自分が付き合っていることを周りに知られても、普段と変わらずに振舞っていた。
彼女のスカートのポケットからぶら下がった二匹のクマは、今日も揺れていた。まるで、踊るかのように。
俺が脳内コロシアムの話の本当のところに気が付いたことを、カナコはわかっているだろうか。
きっと、わかっているんだろうな。これはカナコが付き合っていることがバレてないからこそ、突き通せた話なのだから。

放課後。一人でいたカナコに、俺は話し掛けた。
「あ、ミスター三位さん。やっぱり、水よりレモンティーだよね?」
そうだな、と俺は答える。よく見るとストラップの二匹のクマには、それぞれ鈴がついていた。
彼女はその二匹を、大事そうに撫でた。カナコと、ケンゴ。
「でもね、ゆー君を三番目に好きなのは本当なんだよ。だからがんばれば、あたしの気持ちが少しは傾いちゃうかも、しれないよ?」
そう言って彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。これは、本心なのだろう。
俺は、これまで思っていたを彼女に言う。

「…カナコ、胸デカくなったな。やっぱりその…女性ホルモンの影響なのか?」
笑いながら、思いっきりぶん殴られた。ちゃりりん、と二匹のクマの鈴が楽しげに音を立てた。



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