【 地獄葬送 】
◆5puES0dE4M




317 名前:地獄葬送 1/3 ◆5puES0dE4M 投稿日:2006/07/29(土) 20:43:45.46 ID:7uyYQFEa0
 鉄と人の燃える匂いが、戦場に満ちている。
 血が舞い、それを更なる血が塗り潰してゆく。まるで地獄の様な光景が、そこに広がっていた。
 断末の声が、地獄に響く。
「あぁ、また死んだ」
 戦場に立つ一人の男が呟いた。
 男の身に纏う甲冑は血に塗れ、右手に握る幾本目かの剣には亀裂が走っている。
 満身創痍。彼に最早、闘う意志は残っていなかった。
 既にこの戦場は、死者の数が生者を超えている。
 男の率いる部隊は殆どが全滅し、その数に数えられていた。
 対する敵の部隊も同じく、殆どが全滅しているのだろうが。
 仲間思いの者、義理堅い者、強い者、弱い者。皆呆気無く死んでいった。
 死んだものを想い、戦場の只中に、男はただ立ち尽くしている。
 それを、敵兵が見逃すわけも無かった。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
 男からして右、木の陰から誰かが、怒号をあげて襲い掛かった。
 確固たる死が、男に向かって振り下ろされる。
 だが酷使された体はそれを避ける事ができず、男はただ、自らの剣を振り上げるだけだった。
 鋼と鋼が打ち合い、火花が舞う。
 しかし男の剣は半ばから折れ、敵の鋼はそのまま、袈裟掛けに男の体を引き裂いた。
 まるで燃えるかのような感覚が体を奔る。死の感覚が、意識を闇へと追いやった。
 崩れ、遠のく意識の隅で男は叫んだ。
「将軍よ、あなたは何をお考えなのだ!」
 軍勢は潰しあい、悉くが全滅した。
 優勢と言われた戦は終わってみれば、両者全滅という、最悪の終焉を迎えていた。

318 名前:地獄葬送 2/3 ◆5puES0dE4M 投稿日:2006/07/29(土) 20:44:01.44 ID:7uyYQFEa0
 その日、私は地獄を見た。
 死体は地に伏し、地は空を舞い、炎は家屋を燃やし尽くす。
 地獄はこのように、現世にこそ存在する。
 国家間の戦争。その戦場の舞台が、私の生まれた町だった。
 理由は些細。ただ、間に位置していたから。
 そのような単純な理由で、私の町は死滅したのだ。
 どちらの国とも分からぬ兵士、見知った町の人間。そして、
「お母さん! お母さん!」
 泣きじゃくる私の前で、母の死体が転がっていた。
 家には火が放たれ、父は何れとも知らぬ場所で事切れていることだろう。
 互いに、いや第三者をも巻き込んだ戦いは終着せず、ただ一つの街を破壊させるだけだった。
 消耗した兵士達が引き上げた後、残されたのは無数の死体と瓦礫の山。そして幼い、私一人だけだった。
 私は憎んだ。戦争、いや、彼らを。
 幼い子供だけでは生きることすらも困難な時代。私は生き永らえるため、領主にこの身を売った。
 奴隷同然。そのような最低の生活でも、生きることに対しての絶望は無い。
 目標。私にはそれがある。
 心身ともに成長した頃、飼い主である領主に毒を盛った。
 財を奪い、地位を奪い。当然の対価を手に入れた私は王都へ上り、願いを叶えるため、兵への入隊を志願した。
 やれる事は全てやった。汚い仕事も嬉々としてこなし、ただひたすら、上を目指して突き進む。
 ただ、この意思が風化しないことだけが、唯一の救いだった。
 そうして私は駆け上る。この思いを、この願いを遂げるために。

319 名前:地獄葬送 3/3 ◆5puES0dE4M 投稿日:2006/07/29(土) 20:44:16.75 ID:7uyYQFEa0
「申し上げます。先ほど、侵攻した友軍が、敵軍と共に全滅したとの報告がありました」
 そう、と軽く返し、私は宮殿から望む城下の町並みを眺めていた。
 背後に跪く兵が、確かな殺気を私に突き刺す。
「何か問題でも?」
 振り向きながら、私は出来るだけ感情を消して問うた。
 いや、むしろただ煽っただけか。
「失礼ながら将軍。此度の采配、これは間違いではありませんか!? ままでは消耗戦になりかねません。いや、これは既に消耗戦だ!」
「えぇ、そうでしょうね」
 な、と息を呑む声が聞こえる。
 実に楽しい。これだから正義感の強い兵士は面白い。
「でも采配は間違っていませんよ。目的なら既に達成されました。王も大層お喜びでしたよ」
「王、が?」
 兵士は怪訝な顔で私を見上げる。それもそうだ。普通ならば王が許すはずも無いのだから。
 普通、ならば。
「ですが王は今、ご病気で誰ともお会いされてないのでは」
「そうです、私を除いてね」
 疑問を抱きつつも、兵士は無理矢理に自分を納得させているようだった。
 心の中の笑いが止まらない。馬鹿が。王など当の昔に、私が斬り殺してしまったというのに!
「ですから心配なきよう。これは王の意思でもあるのです」
「分かり、ました」
「よろしい、では下がりなさい」
 苦虫を噛み潰したような顔で、兵士は下がっていった。
 王には感謝せねば。あれほどの支持を持っていたからこそ、私はこうして自由に動ける。
 空の先、名しか知らぬ敵国を思い、私はほくそえむ。
「待っていろ全ての兵士ども。お前達全てに、私の地獄を見せてやろう」
 間もなく私の願いは完遂される。
 さぁ、地獄は――これからだ。

 了



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