【 戦闘シーン 】
◆qygXFPFdvk




188 名前:戦闘シーン(1/3) ◆qygXFPFdvk 投稿日:2006/07/29(土) 13:33:22.58 ID:mhE+g0u80
――こいつ等だけは絶対に許さない。

 一体、何が私の心をこんなにも動かしたのだろうか。
 奴等が馴染みの店を荒らし、店の娘に暴力を振るったからか。或いは、静かに呑んでいたところを、
下衆な嘲弄を以って邪魔されたからか。
 分からない。しかし、熱り立った私の手は握った刀を放そうとはしなかった。これは使命だった。私に
与えられた役目だったのだ。

 対峙する相手は、身の丈一間に迫ろうかという体躯の巨漢。それに取巻きが三人、私を囲むように詰
め寄っては睨みを利かせてくる。男達のにやにやという汚い笑みが、さらに私の癪に障った。柄を握る
手にぎりぎりと力が入る。巨漢は、藤色の着物の懐に手を突っ込むと、毛の生えた胸をぼりぼりと掻い
た。腰に佩びている刀には触れようともしなかった。

 既に私の心は溶岩の如く猛っていたが、一息吐いて冷静さを取り戻そうとした。刀に込めた力を抜き、
巨漢に対して横に構える。切先を上に向け、顎の横で巨漢に狙いをつける。それを見た巨漢は、やっと
刀に手を掛け、しゃらりと抜いた。正面で構えた巨漢の刀身に、陽の落ちた街の明かりが映りこむ。肩越
しに取巻きの一人を窺うと、草履の裏を擦りながら私の背面へと動いて消えていった。

190 名前:戦闘シーン(2/3) ◆qygXFPFdvk 投稿日:2006/07/29(土) 13:33:59.43 ID:mhE+g0u80
 その刹那、私の正面にいた男がばっと斬りかかって来た。私は前足を引き、体を入れ替える事で対応
する。全体重を乗せて襲い掛かってきた男は、目標を失って体勢を崩した。私の前を通り過ぎるときに、
首の後ろに柄頭をくれてやる。男は一瞬で伸びて地面に突っ込んだ。それを見届ける間もなく、私は刀を
頭の上に掲げ、巨漢の振り下ろした刀を受け止める。刀同士がぶつかると、がちんと鳴って火花が散った。

 その音が私の心をさらに揺さぶる。

 鍔迫り合いで二、三押し合いをした後で、すっと力を抜く。巨漢が前のめりになったところで、先ほど倒れ
た男に気を取られているもう一人に斬りかかる。喉元の肌が露出した部分に入った刀は、水面を進む水鳥
のように男の肌を切り裂いた。水気を多く含んだ衝撃が、刀身を通して伝わってくる。
 その感覚に、私の背中はぞくぞくと震えた。

 ぐしゃりとへたり込んだ男の肩口に、どくどくと赤い染みが広がっていった。
 力勝負を躱され仲間も失った巨漢は、怒りの形相で素早く振り返り、刀を振り下ろしてきた。再び足を運
んでひらりと躱し、巨漢の背中に回る。

 そうか、思い出した。私はあの音を聞くために戦うのだ。

191 名前:戦闘シーン(3/3完) ◆qygXFPFdvk 投稿日:2006/07/29(土) 13:35:01.56 ID:mhE+g0u80

 二度も肩透かしを食らわされた巨漢は既に正気を失っており、目は真っ赤に血走っている。ふうふうと肩
で息をしながら赤い目で私を睨むと、再び刀を担いだ。うおうと気合を入れた巨漢。しかし、その刀が振り下
ろされる前に、私の刀が巨漢の胸に吸い込まれていた。
 張りつめた皮に、すり抜けるように突き刺さる刀。それを勢い良く引き抜くと、斬った時とは異なった感触が
手に伝わってきた。遅れて曇った音が耳に届く。

 違う。この音じゃない。

 巨漢がどしんと崩れ落ちると、その背後では、初めから一番遠くで睨んでいた取巻きがわなわなと震えて
いた。
すたすたとその男に近づいて、刀を振り上げる。男は逃げようと動くが、足が縺れて倒れこんだ。男の目に
は先ほどまでの威勢はなく、哀願の表情で私を見上げている。掲げた刀をくるりと返すと、峰で男の首を
打った。陶器を割ったような音が響き、男は動かなくなる。

 違うんだ。これじゃない。私が聞きたいのは、気高く透き通ったあの音――

 ひゅんと刀を振り、絡みつく血を払う。倒れた男の着物で刀身を拭ってから鞘に納めた。ため息を吐き、
すっかりと人集りが出来てしまった街道を俯きながら歩き出す。騒がしい野次馬の輪は私が近づくと、
すっと分かれて道を譲った。人集りを抜けると、元の静かな宿場町の空気が私を包んでくれた。私は後ろ
を振り向くことなく街の外れへと歩き続ける。
 その時、待っていた音がやっと聞こえてきた。

 薄暗い街並みに響き渡る拍子木の音。そして――

「はい、カット! このシーン頂きました」



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