【 犯罪 】
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 突然だが、犯罪をなくすことは非常に簡単だ。
 そもそも犯罪とはなにかというと、一般的に言うと、「法律に定められている“しては
いけないこと”をすること」だ。
 この話は、ある国で突然起こった「犯罪の無い1日」での、ある少年の話である。
 
 そのニュースは本当に突然流された。
 国が運営するOHKの夜のニュースでのことだった。
「明後日、7月25日の午前0時から翌26日午前0時までの24時間、国はあらゆる犯
罪行為を取り締まらないことを決めました」
 残業で会社から帰るのが遅い父親は放っておいて、俺と母さん二人だけの夕食。
 ニュースキャスターの言葉で、食事をする手が自然と止まり、俺は向かいに座る母さん
を見た。母さんも俺と同じように食事の手を止めて俺の方を見ていた。
「どういうことかしら?」
「……さぁ?」
 もう1度テレビに視線を戻すが、すでにニュースキャスターは別のニュースを読み上げ
ていた。
 
「なぁ、昨日のニュース聞いたかよ?」
「犯罪を取り締まらないって話だろ? どういうことだろうな」
 翌日、俺は学校でクラスメートの吉田と休み時間にあのニュースについて話していた。
「この国から犯罪がなくなる日、とか言って他のテレビ局とか新聞とかが取り上げてたぜ」
 吉田の言う通り、朝のニュースや朝刊にはこの突然の国の政策が大々的に報じられてい
た。真意は全く不明で、いつこんなことが提案されたのかとか、いつ実行されることがき
まったのかとか、そういったことは全く国は公表していない。まったく……国から犯罪が
なくなる日? ふざけるなと言いたいよ。確かに法規制されなくなれば、これまでの犯罪
は全て犯罪じゃなくなって、犯罪がなくなることは確かだが、それはどう考えても屁理屈
じゃないか。この国はどっかおかしいと思ってたが、やっぱ変だな。たしか3年くらい前
には消費税を1ヶ月だけ50%にするとか意味不明なことしてたし。
 そんなこの国の意味不明さを吉田と語っていると、教室に一人の生徒が入ってきた。髪
の毛を金ぴかに染め上げ、両耳ピアスだらけのどっからどう見てもヤンキーなその生徒が
教室に入ってくると、それまで楽しそうに雑談で盛り上がっていた他の生徒達も一斉に静
まり返った。
「やべ、山田だ。逃げるぞ」
「お、おぅ」
 教室の後ろの出入り口の近くに居た俺と吉田は急いで教室から出た。
 山田は俺達の学年の問題児――いや、むしろこの学校の問題児で、近づいたらなにかと
んでもないことをやらされる。ある時はお金を取られたり、ある時はほとんど犯罪的な行
為の共犯をさせられたり、とにかく関わって、いい事なんて何一つない。教師はどうして
るんだ? って思うかもしれないが、こいつが上手いこと教師の目からは見えないところ
でやってやがる。チクろうとすれば間違いなく制裁を下されるだろう。そのためこの学校
ではやつの姿を見たら逃げる。何かやらかしてても無視するというのがほとんど常識のよ
うになっていた。
 ていうか山田のやつ、明日になって犯罪の取り締まりがなくなったらとんでもないこと
をしでかすんじゃないか?

 翌日。
「どうだ? 何か起こったか?」
 学校の下足室で吉田と出くわし、開口一番吉田が言ってきたのがこの言葉だ。
「いや、何も」
「そうか、俺もだ」
 確かに何もなかった。もしかしたら登校中に銀行を襲撃してる集団とか、コンビニに強
盗に入ってるようなやつとかを見るかもって思っていたが、そんなことは一切無く、普段
どおりの街並みが広がっていた。
「何だかんだ言って、何も起こらないんじゃねえか?」
「ん〜、そうだな。まぁ、そのほうが良いに決まってるよなっと、山田だ」
 俺達が歩いている廊下の先、曲がり角からこの遠さでもはっきりとわかる金髪頭が現れ
た。
 急いで近くの階段へと行き上の階へと非難する。
 視界から山田が消える寸前、俺は山田の顔が寒気がするような邪気のある笑みで満ちて
いたのを見た。

 何も無いことにこしたことはない。そう思っていたが、やっぱり現実というのは厳しい
らしく、俺は学校の帰りに立ち寄ったコンビニでそれを見た。
 週刊誌の立ち読みをしていた隣で、見た目明らかに不良な女子高生が堂々と雑誌を鞄の
中にしまっていたのだ。店員もこれを見ていたはずだが、注意をする勇気が無いのか、そ
れとも捕まえて警察に突き出そうとしても、当の警察が全くなんの対応もしてくれないで
あろうことを想像したからだろうか、何も注意することなく見逃してしまった。
 店外へと出て行く不良女子高生を見届けながら、俺はおもしろいことに気づいた。
 店の外になんと警官がいたのだ。一瞬その警官がこの女子高生を引き止めるんじゃない
かと思ったが、警官はチラっと女子高生を見ただけでそのままどこかへと行ってしまった。
「本当に取り締まらないんだな……」
 その光景を見て、魔が差したんだと思う。俺は、自分もちょっと万引きしてみたいとい
う欲望に駆られていた。そして、気づいた時には俺はスナック菓子を一袋手に取り、レジ
を通ることなく店外へと出て行ってしまっていた。
 最初は心臓が破裂しそうなほど激しく鼓動していたが、それが次第におさまっていくと、
今度は達成感というか高揚感というか、そういった感情が湧き上がって来た。
 人間一度は、やりたいけど警察に捕まるのが嫌だからやりたくない、といったようなこ
とをしたいと思ったことがあると思う。俺は今それをやってのけたのだ。
 犯罪を犯しても警察に捕まらない。
 まるで甘い果実にむしゃぶりついているかのような感覚。
 しかしむしゃぶりついていられる時間は24時間だけ。実際にはすでにあと7時間とち
ょっと。もうちょっとこの甘い果実を味わってみたい。そんな考えがどこからともなく湧
き出て、俺の心をちょっとずつ染めていった。
 
 次に俺が行なった犯罪行為はまた万引きだった。ゲームショップで人気にソフトをいく
つか盗んだ俺は、やはり言いようのない達成感を味わっていた。
 他にはなにかないか?
 家に帰り、俺はベッドの上で他に何かやっておくべき犯罪はないか考えた。
 今日しかできないのだから、少しでも多くやっておかなければ後で後悔しそうだ。また
今日みたいな犯罪が取り締まられない日がくるかもしれないが、いつになるかもわからな
いし、もしかしたら二度と来ないかもしれない。だったら今の内にしないと損だ。
 俺は頭をフル回転させてあらゆる犯罪行為を考えた。だが、どれもいまいちしっくりこ
ない。
 普段なら犯罪だが、行なえば俺の利益となること。
 ありそうでなかなか思いつかないものだ。
 ふと、時計に目が行った。
「なっ!?」
 デジタル時計は23時半を示していた。
「もうこんな時間かよ! しまった、あと30分しかないじゃないか!」
 とにかく考えるのはやめにして、俺は急いで家の外に出た。外を歩いていたら何か思い
つくかもしれない。
 やってきたのは近くにある商店街だ。そこで俺は凄い光景を見た。どこの誰かはわから
ないが、十数人のヤンキー達が商店街のシャッターをことごとく破壊し、中から商品が引
きずり出していたのだ。ヤンキー達は引っ張り出した商品を次々と近くに停めてあるワゴ
ン車だとか軽トラックだとかに積み込んでいる。
 被害に遭っている店の人だろうか、一人のおじいさんが商品を盗み取っていく一人のヤ
ンキーにすがり付いてなにやら涙ながらに叫んでいる。きっと「やめてくれ」とか言って
いるのだろうが、ヤンキーはおじいさんを蹴飛ばして担いでいる商品をワゴンに積み込ん
だ。
 地獄のような光景だったが、俺はその中で一人見知った顔を発見した。
 金ぴか頭に、両耳にくどい程つけられたピアス。
 見間違うはずもなく、そいつは山田だった。山田もヤンキー達と一緒に荷物を運び出し
ている。
 ふと、俺は一つの犯罪行為を思いついた。
 ある意味最もシンプルな犯罪だ。
 腕時計で時間を確認する。時刻は23時50分。まだ間に合う。
 俺はすぐ近くにあった百円均一の店に入った。扉はすでにヤンキー達が破壊してくれて
いた。店内を走ること1分ほど。さすが最近の百均はなんでもそろっている。俺は陳列さ
れていた果物ナイフを手に取り再び店の外へ出た。
 目標はもちろん山田。
 山田には恨みがある。以前、俺は学校で山田に捕まって、奴のストレス発散とかいう理
由のためにボコボコに殴られ、しかもサイフから金を盗まれたことがある。ここであの時
の恨みを晴らしてやる。それに、奴が死ねば学校のみんなは喜ぶだろう。あいつに恨みを
持っている奴は山のようにいるはずだ。俺があいつを殺してみんなを救ってやる。
 俺は山田目掛けて猛突進した。山田は突然現れた俺に驚き、かわす余裕もなく腹をナイ
フで刺された。うぐっ、と山田がうめきすぐにその場に倒れた。ナイフの刃は腹から抜け
て、地面に倒れた山田の腹からは大量の血が流れ出ていた。山田の目は既にうつろになっ
ている。
 やった。やってやった。俺はやったんだ。
 この上ない達成感。
「てめっ! この野郎!」
 が、それを邪魔する声。声の主は周りのヤンキー達だ。一応こいつらにも仲間意識はあ
るらしく、山田が刺されたことで怒ったヤンキー達が今にも俺目掛けて飛び掛ってきそう
だ。しまった、山田を殺すことばかり考えていて、こいつらのことを考えていなかった。
じりじりと迫ってくるヤンキー。俺は血に染まったナイフを構えた。
 ヤンキーの一人が体を一瞬動かす。来るか!
 と、思った瞬間、視界が光に包まれた。あまりの眩しさにナイフから手を離し腕で顔を
覆う。
『全員動くな!』
 拡声器を使った声が商店街に響いた。眩しさに目が慣れてきて、状況を把握しようと辺
りを見回すと、ドラマとかでしか見たことが無い武装した警官、機動隊というやつなのか?
 それが俺とヤンキー達を取り囲んでいた。
 何なんだこれは? 何が起こってる?
 ヤンキー達も何が起こっているのか分からないらしく、俺と同じようにあたふたと自分
達を囲む機動隊の姿を見ていた。
『お前たち全員を逮捕する! 取り押さえろ!』
「え?!」
 驚いた瞬間には機動隊は駆け出した。ヤンキー達も俺も皆何が起こったのは全く把握で
きず、あっという間に全員が取り押さえられてしまった。
「ど、どういうことだよ?! 犯罪は取り締まらないんじゃないのかよ!?」
 俺を後ろ手に締め上げる機動隊の男に俺は叫んだ。するとその男は俺に自分の腕につけ
ている時計を見せた。時計は25日の午前0時5分を示していた
「もう25日だ」
 それだけ言って男は俺に手錠をかけた。
「ま、待ってくれ! 俺があいつを刺した時はまだ24日だった! だから俺のは罪にな
らないはずだ!!」
 必死に抵抗するが、男の力は異常に強く全く振りほどくことができない。
「残念だが、24日にやった犯罪は見逃されることはない。我々警察は24日の間だけ、
犯罪を取り締まることができなかっただけで、起こった犯罪を無しにするなどとは一言も
言っていない。今回のこの政策は、お前のような“捕まらないのならば何をしても良い”
という危険な考えを持つ者を炙り出す為に計画されたことなんだよ」
「なっ!? そ、そんな馬鹿な!!」
「あの腹を刺された子は多分命は助かる。殺人未遂及び窃盗の容疑で君を逮捕する」
「そんな……」

 おかしかったのは国の方じゃなかったみたいだ。
 捕まらなければ何をしてもいいと思ってしまった俺の考えが間違っていたんだ。
 法律で規制されているかどうかは問題じゃないんだ。
 してはいけないことは、してはいけないのだ。
 俺は今回のことで、それを身をもって知ったのだった。



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