【 救いなし 】
◆3WmQZKDzxM




355 名前:救いなし1/2 ◆3WmQZKDzxM 投稿日:2006/07/23(日) 12:39:50.34 ID:/jE8IGsq0
その日は暑い日だった。そういう暑い日に太陽が照りつける道をどこまでもどこまでも
歩いて行くのは苦しいことだった。歩いていくうちに所々田んぼが見え始めた。そのうち
お腹が空いてきた。しかしあたりに食堂のようなものはない。バス停があったのでそこで
待った。ともかく来たバスに乗って終点まで行けば、そこに食堂くらいあるだろうと考えた
からだ。

バスは来た。後ろの方の座席に座った。どこへ行くのかはわからない。バスの前に書いて
あったかもしれないが、ここは知らない町だ。三つ先の停留所で、小学生の男の子が二人
乗ってきた。おや、と思った。その日は小学校があるはずの平日だった。まだ昼前だった
でもその男の子二人は手ぶらでどこかへ遊びに行くような格好だった。二人でカードの
ような物を取り出して、ささやきあっていた。

学校をずる休みして、どこかへ行くのだろうか、もしそうだとすれば、自分が無断欠勤
をして、見知らぬ町をぶらついているのと同じだ。こんな子供のくせして、もう外れる
ことを知っているのか、そう思うと胸が詰まった。そのうちに、二人はポケットから
有り金を全部出して数え始めた。どうやら降りるバス停が近づいたらしいが、料金が
足りないようだった。二人は目の色を変えてポケットをひっくり返した。が、お金は
出てこないようだった。私はそれを見ていて、足りないのかと声をかけた。二人は顔を
見合わせて、いいえと言った。しかし、また必死になって小銭を数え始めた。足りない
のだったら出してあげる、返さなくてもいいから、と私はまた声をかけた。

私はその時、二人が私の金で救われたら、私も救われると思った。なぜだかは分からない
次第にどうか私の金を使ってくださいというような、何か必死に願うような気持ちになって
きた。拝むような気持ちになってきた。だけど二人はまだ目を見合わせて何事かささやき
あっていた。突然バスが停車した。二人の男の子は、ダアッと前へ走っていって、足りない
はずのお金を料金箱へ入れ、下車した。私は息を飲んだ。勝手な願いを抱いた私は、バスの
中に取り残された。はぐらかされた願いが宙を彷徨っていた。次の停留所が終点だった。私は
白々とした気分で降りた。

356 名前:救いなし2/2 ◆3WmQZKDzxM 投稿日:2006/07/23(日) 12:41:08.41 ID:/jE8IGsq0
終点は田舎町の駅だった。駅の観光案内を見たら、近くに海があるとのことだった。私は
駅前の中華屋でビールを一本飲んで、チャーハンを食べた。店を出てから海に向かって上り
坂を歩いて行った。フェーン現象のすさまじい暑い日だった。目の中がチカチカした。白い
光と黒い影がはっきり分かれた。真昼の午後だった。ビールを飲んだ後だったのでものすごく
汗が噴き出してきた。どこにも光を遮るものはない。暑かった。ただそれだけだ。

坂のてっぺんに着くと、眼下に海が広がっていた。海の手前に幹線道路が走っていた。道路の
海側は防砂林だった。私は防砂林を目指して坂を下って行った。幹線道路を横切り、林に入ると
手ごろな赤松の日陰に腰をおろした。そこから海を眺めているうちに、眠りに落ちていった
目を覚ますと日が暮れかかっていた。気配を感じ振り向くと、男の子が立っていた。バスの中で
見かけた子供だった。今回は一人だった。辺りには誰もいなかった。

おい、と声をかけた。子供はさっと背を向けると逃げ出した。とっさに私も走った。なぜ私は
走り出したか分からない。分からないけど走り出した。砂の上で足を取られた。だがそれは、私
だけではない。子供は転んだ。私は飛びかかった。子供はもがいた。私の手首に噛みついた
そこに鉄の棒が落ちていた。私はそれを拾った。子供の頭を殴りつけた。手首に噛みついた歯が
ゆるんだ。子供は全身に痙攣を走らせた。ぐったりした。死んだ。

バスの中で、私の金をもらってくれていれば、私は救われた。
もらってくれなかったから、こんなことになった、と私は思った。





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