【 鬼ごっこ 】
◆WGnaka/o0o




248 名前:【 第17回品評会お題「犯罪」/ 鬼ごっこ 】 ◆WGnaka/o0o 投稿日:2006/07/22(土) 20:34:09.37 ID:W4ZduThx0
「次のニュースです。昨夜未明、都内の歓楽街にて殺傷事件が起こり――」
 俺は朝食のトーストを噛り付きながら、出社前の楽しみである朝の報道番組を眺めていた。
 この事件の報道も毎朝のように繰り返されているが、未だ凶悪犯は捕まってはいない。
 犯行後にすぐ捕まる奴なんて、余程の馬鹿か勢い任せの愉快犯くらいなものだろう。
 それにしても、これだけ派手にやらかしているのに目撃情報すらないのもおかしい。
「警察の発表によりますと、被害者は都内に住む21歳の大学生で、一週間前から起きている
連続殺人事件の一連と犯行内容が酷似しているため、同一犯の可能性が極めて高いとのこと」
 テレビ画面に映される事故現場には、被害者のものと思われる大量の血痕。
 アスファルトを慌しく動き回る警察官の姿に、カメラを抱えた他局の報道陣と野次馬たち。
 画面から通しても判るほど、早朝の歓楽街は普段より騒がしい雰囲気に満ち足りていた。
 そのままの映像でニュースキャスターの声は更に続く。
「尚、このような関連事件によって殺害された人数は8人目となり、早急な犯人逮捕を望む声が――」
 インスタントのコーヒーを飲み終えたところで、リモコンの電源ボタンを強く押した。
 役目を強制的に終わらせられたテレビは、真っ暗な闇を映すだけの箱になる。
「……くだらないニュースばかりだな」
 椅子に掛けてあったスーツジャケットを羽織りながら、俺はそんな悪態をついていた。
 湧き出るあくびを大きくしてから、行きたくもない会社へと出勤するため玄関に向かう。
 今日も昨日と変わらない、退屈な日常が始まる。少なくとも、玄関を出るまではそう思っていた。

 なんでこんなことになってしまったのだろうか。考えても溜め息しか出てこない。
 俺は玄関を出て会社へ向かうはずだった。しかし、なぜか今は家のリビングでテレビを眺めている。
 広くないアパートのリビングには、鉄錆のようなすえた匂いが充満していて鼻がもげそうだ。
 キッチンの隣に備え付けられたシャワールームからは、絶え間なく水音が聞こえてくる。
「この俺としたことが……21歳の誕生日になにやってんだか」
 椅子に座ったままテーブルに額を勢い良く乗せて頭を抱える。この状況に納得出来ずにいた。
 今一度、頭の中を整理しよう。玄関を出たところまでの記憶を48倍速で巻き戻す。
 まず俺は玄関を開けて外へ出た。朝陽を鬱陶しく思いながら視線を落とすと、目の前に黒い塊。
 そうだ、全てはこいつが元凶だ。俺がこいつを見て見ぬ振りすれば何事も無かったことだろう。
 だが俺は選択を誤った。良く見ると黒い塊は血だらけの少女だと気付いてしまったから。
 それで引き返して少女を介抱し、話を聞いてから風呂に入らせて今に至る。

249 名前:【 第17回品評会お題「犯罪」/ 鬼ごっこ 】 ◆WGnaka/o0o 投稿日:2006/07/22(土) 20:34:32.41 ID:W4ZduThx0
「なるほどな……」
 少女が持っていた血だらけの便箋に目を通し、状況はなんとなく理解できた。
「つまり、お前はあの連続殺人事件の被害者で、この手紙を犯人と思われる奴から渡された、と」
 付け足すと少女を襲った奴は大学の知り合いで、そいつは少女の目の前で自害したそうだ。
 血だらけだった少女の体はどこにも外傷は無く、恐らくこの服に付いてるのは自害者の血なのだろう。
 今朝のニュースで見た事件と関連性があるのか判らないが、何かヤバイことに首を突っ込んだっぽい。
「ここから早く逃げないと、あなたも被害者になってしまうかもしれません」
 そんな少女の言葉を真に受ける俺も俺だが、もしかしたらそうなるかもという不安があった。
 俺は必要最低限の荷物と、身元がばれるものを全て持ってアパートを出ることにする。
 今度は俺が極悪犯のレッテルを貼られることになるのだろうか。外の陽気になんだがムカついた。
 そういえば、あの連続殺人事件の犯行現場は様々だった。今更気付いたところで遅いのだが。
 少女に手渡された血だらけの便箋と茶封筒を、ジャケットのポケットから引き出してもう一度眺める。
『これはゲームです。鬼になった人は出来る限り早く次の鬼となる人を探して下さい。
友達、同僚、恋人、家族、他人等誰でもOK。この手紙とナイフを渡した時点で鬼交代となります。
尚、12時間以内に鬼を交代出来なければ、本当の鬼があなたに罰ゲームを与えることでしょう。
殺人鬼になり生き残るか、殺人鬼に殺られるか。全てはあなた次第です。
このゲームはあなたの望む非日常を与えてくれることでしょう。それではエンジョイしてください。
最後に一つ。あなたが警察に自首等をしても、いずれは罰ゲームを受けることでしょう』
 ワープロ字で刻印された便箋の文章内容に、俺は溜め息しか出なかった。
 茶封筒には恐らくそのナイフが入っているのだろう。重さでなんとなく判った。
「望んだのはこんな日常じゃねぇのにな……」
 吐き出す言葉は夕闇の空に吸い込まれた。この馬鹿げたゲームは続くのだろう。誰かの死と引き換えに。
「ねぇ、待ってよー」
 そんな悲願するような声を聞いてから、俺は頭を掻きながら遅れて着いて来る少女に歩幅を合わせた。
 いずれこの少女もこの便箋に記されていた、本当の鬼とやらに殺されてしまうのだろうか。
 それとも、鬼交代の義務を果たしたから生き残れるのだろうか。
 俺の鬼ごっこは肩を並べて歩く少女と共に、どんな結末を迎えるのか知る由も無かった。
 少なくとも明日の朝に放送されるニュースにはなるのかもしれない。
「生きたい?」
 突然にそんな言葉を投げ掛けてくる。視線を落とすと、隣で俺の顔を見上げる少女の悲しそうな表情。

250 名前:【 第17回品評会お題「犯罪」/ 鬼ごっこ 】 ◆WGnaka/o0o 投稿日:2006/07/22(土) 20:35:20.27 ID:W4ZduThx0
「……そりゃあ、生きたいさ。世の中進んで死のうなんて思う奴なんて一握りだけだ。
ましてやこんなふざけたゲームに巻き込まれて、勝手に殺されるなんて誰だって嫌だろう」
「うん、やっぱりそうだよね……ごめんね、悟志お兄ちゃん」
 そう言い終えるなり、少女の拳が俺の脇腹をえぐっていた。鋭い痛みが神経の隅々に流れ渡る。
 アスファルトの地面にパタパタと落ちる赤黒い雫が、幾つもの斑点を作っていた。
 少女が俺の脇腹から拳を引くと、その手には見慣れた包丁――ウチにあったやつが握られている。
 こんがらがった頭を正常に戻そうと息を吐いた瞬間、包丁が埋まっていた脇腹から鮮血が噴出した。
「な、なぜ……?」
「だって、私がその手紙を書いた本当の鬼だもん」
 脇腹を両手で抑えても流れ出す血は止められない。体は重くなり、力の入らない膝は地べたに折れた。
「やっと見つけたのに、もうお別れしなくちゃなんだね」
 中腰のような体制のまま少女に寄り掛かって天を見上げた。なんて悲しそうな顔をしているのだろう。
 震える手で少女の温かく柔らかい頬をなぞる。血の付いた指で少女の涙を拭っても、涙は流れ続けた。
「あなたが……悟志お兄ちゃんが、私を置いて行っちゃうからいけないんだよ?」
 少女は自らの手の平を俺の手に重ね、そのまま緩く握り締めた。
 こんな光景を俺は遠い昔に見た気がする。まだ幼かったガキの頃に一度だけ……。
 そうだ、思い出した。確かあのときの女の子も俺のことを悟志お兄ちゃんと呼んでいた。
 泣き虫でいつも俺のあとをついて来るような気弱な女の子。目の前に居る少女に良く似た子だった。
「ごめんな……美幸。もう、こんな……ゲームは、や、やめろよ」
 これでこの狂った鬼ごっこが終わるのなら、俺の命で美幸の荒んだ心が救えるのなら――
「好きなのに……大好きなのに……私、私……どうしたらいいのか判らなくて」
 もういいんだ。もう終わったんだ。少しだけ気が付くのが遅かっただけなんだ。
「こんなの、こんなの望んでないのにっ……悟志お兄ちゃん! お願い置いていかないで!」
 泣かないでくれ。笑ってくれ。美幸の笑顔が見たいから、俺はあの日から一緒に居たんだ。
「――なさい――ごめ――っ!」
 聞こえる声が遠くなり、なんだか酷く眠い。すまないけど、少しだけその胸の中で休ませてくれ。
 俺が居なくても、きっと強くなれるから。だから、もう泣かないでおくれ。
 いったいどこから間違ってしまったのだろう。美幸に強く抱き締められ、やがて思考は止まり始める。
 黒に包まれ始めた瞳を懸命に動かしても、幼い美幸の泣き顔はどこにも見えなかった。
 その代わりに、幼い二人の子供の笑い声だけが、いつまでも闇空の隙間から降り注いでいた。



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