【 憧れ 】
◆ENT8/7zV5E




218 名前:タイトル「憧れ」(1/3) テーマ「犯罪」 ◆ENT8/7zV5E 投稿日:2006/07/22(土) 16:24:18.42 ID:EJhSzkbS0
「憧れ」  

小さな頃は、よく刑事物のドラマを見ていた。
策略を巡らし次々と犯罪をしかけてくる犯人達、それに勇敢に立ち向かい、市民を犯罪から守り
最後には犯人を見事捕らえる刑事達。
霞んだ様な夕方のテレビに映し出されていたそれは、子供ながらに俺の心をがっちりと掴んで離さなかった。

そんな経験があってだろうか、俺は大人になり、警察官という職に就いた。

初めて紺色の制服に手を通した時は、自分に余りに不釣合いに見え笑いもしたが、
同時にこれから始まる職務への気勢や期待が自然とふくらみ、ピリリとした緊張感を感じものだった。

警察官として働き始めて数年間は、俺はどちらかというと事務的な仕事を担当した。
警察署内にある犯人達の膨大な情報をデータベース化して整理したり、捜査に掛かった経費を処理したり、
備品の管理をしたり、などなど。そうだな、地域の防犯教室なんてものにも参加したりした。
もちろんこれらは俺が当初望んでいた仕事の内容とは程遠いものだった。
だが俺は腐らずに、常に全力で仕事に取り組み続けた。
そんな努力が認められてだろうか、警察官になって6年目の春、
俺は以前から宿望していた刑事科への異動を命じられた。

219 名前:タイトル「憧れ」(2/3) テーマ「犯罪」 ◆ENT8/7zV5E 投稿日:2006/07/22(土) 16:25:09.38 ID:EJhSzkbS0

ようやく自分のやりたかった事が出来る。
それが嬉しく、俺は以前よりさらに熱心に仕事に取り組むようになった。
刑事科での仕事は眠る暇も無いような激務だったが、本来の意を得た俺にとっては、
その疲れすら充足感を感じさせてくれるものであった。

俺は、水を得た魚の様に仕事に駆け回った。

小さい頃の憧れに、少しでも近づける様に・・


そして今も、都市圏を騒がした大きな事件の後処理を、俺は一人署内で行っているところだった。
深夜といえど刑事科内にはいつも数人の人間がいたのだが、大きなヤマが解決したばかりの今、
久々の休養を楽しんでいるのだろう、俺以外の人間は誰も科内には居なかった。

220 名前:タイトル「憧れ」(3/3) テーマ「犯罪」 ◆ENT8/7zV5E 投稿日:2006/07/22(土) 16:26:46.01 ID:EJhSzkbS0

「まったく、お前の働きには頭が下がるな」
俺の上司は既に口ぐせの様になったそのセリフを、今日もまた使った。
ここ数日刑事たちのコーヒーを飲む時間すら奪っていたその"大きなヤマ"が解決に向かったのは、
ひとえに俺の力が大きい。独自のルートで集めた証拠を元に、犯人に繋がる決定的な情報をあげたのだった。

ふっ、と満足感に満ちたため息をもらし、俺は目の前のパソコンを立ち上げた。
そして、署のメインコンピュータに侵入し、様々な情報、証拠、データを改竄した。

これで、つい先ほど捕まえた男に有利な証拠は全て消えた。有罪は決定的だろう。
奴は無実を主張するだろうが、そんな事はどうだっていい。大切なのは、周りが納得するかどうかなのだから。

こうして俺は、日夜”本当の犯人達”と連絡を取り合いながら、警察を内部から欺き続けた。

子供の頃に憧れ続けた、刑事ドラマの犯人達。彼らがどうしても達成出来なかった、完全犯罪。

それを今、俺は、次々とやってのけている。



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