【 SS 】
◆5fNG9NZYL.




894 名前:SS 1/3 ◆5fNG9NZYL. :2006/07/16(日) 19:50:21.42 ID:EuUe1n8E0
Silent Show (After Ages)

 海は静かだった。
 海といっても、そこは平坦な土地が広がっているだけだった。
 その星の上には、水分をたたえた海は存在しない。
 ただ、山や大地ではない、という程度の意味しかない。
 その地で生きることができるものはいない。



895 名前:SS 2/3 ◆5fNG9NZYL. :2006/07/16(日) 19:50:50.79 ID:EuUe1n8E0
Silent Sea (Another Agents)

「ねえ、さっきから何を考えているの?」
 つないだ手を中心とするダンスを踊るように、対となって円を描く。
「ずっと昔のこと」
 ただ、高度を維持して時を待っていた。夜のうちに渡ることはできない。
「昔の男?」
「静かにしてて」
「どんなやつ? 見た目は? 背高い? 足長い?」
「生まれるずっと前のこと」
 空には、無形の闇が広がり、無数の光があえいでいる。一つ一つが、恒星だった。
「そんなこと考えて、意味がある?」
「ある、と思う。多分」
 たとえばそれは、恐竜の化石に対して、黙祷するように。
「要らないよ、そんなの」
「かもしれない。でも、だったら、何が要るの?」
「ご飯は要るよ。それから、空気も要るよ」
「ただ食べて、ただ生きる?」
「恋がしたいな。協力とか、団結とか、連帯とか」
「全部、要らないものよ」
「じゃあ、何が要るの?」
「わからない。私たちは、睡眠も要らなくなった。性欲も要らない。
 本当に要るのは、食事と空気だけかも」



896 名前:SS 3/3 ◆5fNG9NZYL. :2006/07/16(日) 19:51:21.08 ID:EuUe1n8E0
Solitary Species (After All)

「『渡り』の時が来たわ」
 空が白みだす。地平線のかなたから光が差し込み、乾燥した海の大地を映し出す。
「あ、音も要るかもね。言葉が要るもの」
 円を描いていた二つの影が、黒く浮かび上がる。
「音は要らないわ。意味とは関係ないもの」
 静かだった大気が、渦を巻いて風となってうなり声を上げた。
「言葉がなければ、意味は伝わらないよ」
 静寂から、轟音へ。
「手をつないでみる?」
 黎明から、朝焼けへ。
「意味はあるのかな」
 疑問から、
「あると思う。多分」
 推論へ。
「でも、飛びにくくなる」
 反論へ。
「そうね。私たちは、孤独が真実だって知ってる」
 帰結へ。そして。
「じゃあ、行こうか」
 二つの影が、音を立てて、彼方を目指して飛び立った。
 目指す先には、もう風化してほとんどが崩れたビル群の影が、曙光の中に並んでいた。
 空の中に生きるものには意味がなく、地の上に生きるものはもういない。
 ゆえにそれは、化石だった。
「そういえば、光も要るね」
 滅んだ大地をはるか下に。消えかかった月をはるか上空に。
「だけど、そもそも、言葉は要らないわ」



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