【 掃除機の音 】
◆2NoXLuVXMA




782 名前: ◆2NoXLuVXMA :2006/07/16(日) 11:00:31.98 ID:NEkIDoNS0
タイトル:掃除機の音

俺は子供の頃から掃除機の音が嫌いだ。
何故かって?理由は簡単さ、単に俺の体が受け付けないってだけ。
少し補足しておくと、生まれたときから受け付けないってわけじゃない。
小学生から高校生の間、ずっと嫌がらせを受けてきたのがその一番原因であろう。
子供の頃、朝起きると必ず掃除機の音はやかましく鳴っていた。
寝起きの俺にとってその音は騒音以外の何者でもなく、
寝起きのイライラさを増大させるには文句の付けようのない逸材であった。
その騒音を生み出す当事者は勿論おふくろである。
俺は何度も朝掃除機をかけるのをやめろと直訴したもんだったが、
母の絶対的権力によってそれはあっけなく却下となっていた。
特別働いているわけでもないのだから昼かければいいものを何故朝にわざわざかけるのか。
今考えると、どう見てもあれは嫌がらせとしか思えない。
ちくしょう、おふくろめ。
今度帰った時はおふくろの嫌いな秋刀魚料理フルコースをご馳走してやるぜ。

そんな朝の嫌がらせも、今は昔。
おふくろの元を離れ一人上京してきた俺は、快適な寝起きを満喫していた。
ここ4年間、一度もあの騒音は耳に入ってこない。
夏の騒音ともいえる蝉の声も、俺にとっては夏の風物詩としか捉えることはできないさ。
眩しい日差しが部屋を照らし、扇風機が首を世話しなく回している。
今は夏真っ盛り。
普段なら完全に蒸しあがっている部屋に溜息をついているところだが、
新しく買った扇風機のお陰で今日はその憂鬱さもない。
偉い、偉いぞ扇風機。お前はアイスと同じぐらい偉い。

783 名前: ◆2NoXLuVXMA :2006/07/16(日) 11:03:43.19 ID:NEkIDoNS0
扇風機に感謝しながら俺は寝ぼけ眼をこすり、背伸びをしようと体の伸ばそうとした、その瞬間だった。

ウィィィィィン!!

二度と聞きたくなかったあの騒音が、俺の脳にダイレクトアタックを仕掛けてきた。
俺の耳から入ってきた騒音は一気に全身の全ての細胞を震えさせる。
ここ4年間聞いていなかったので、自分自身ももしあの騒音を聞いても
「ああ、懐かしいな」ぐらいで済ませられようと思っていたが
俺の予想はことごとく外れ、俺のイライラは一気に膨れ上がっていた。
やめろ、やめろ、やめろ・・・!!
体の全細胞が警告音を鳴らしている。
いいようのない怒りが俺の脳の中を占拠していた。
どうやら4年間で、騒音耐性が随分なくなっていたみたいだ。
誰だ・・・!!今すぐ殴り飛ばしてやる!!
全神経を音のする方向へ向ける。
こういう時の人間の察知能力は通常の5倍増しになるようで、
騒音の主がリビングにいることはすぐに把握できた。
勢いよく部屋の扉を開け、ドタドタと足音を鳴らしながら音へする方向へ向かっていく。
リビングの扉の前につくやいないやこれでもかといわんばかりに思いっきりドアを開ける。
「誰だあああ!!掃除機かけてるあほんだらわあああ!!」
「ひぇぇぇ!?」
叫ぶと同時に、驚嘆の声が返ってきた。
しかし返ってきた声に俺は一瞬戸惑う。
ん?なんだこの黄色い声は?俺は家に女など入れた覚えは――
「だ、誰だお前!?」
女の方を見ると、可愛らしいエプロン姿で掃除機を片手に装備していた。
女は怒鳴られて、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をしている。

784 名前: ◆2NoXLuVXMA :2006/07/16(日) 11:05:02.61 ID:NEkIDoNS0
一瞬の沈黙のあと、女はハッと気を取り戻したようで、キッと顔をこわばらせたあとこんなことをいい出した。
「誰って・・・!新婚生活初日からそんなこと言われるとは思わなかったわよ!」
へ?新婚生活?こいつ何のこといって・・・・・・はああっ!!
「もう頭にきた!こんな家でてってやるんだから!」
そういうと我が妻はリビングを飛び出して自分の部屋へと帰っていった。

リビングに取り残された俺は一人ボー然と立ち尽くしていた。
いくら掃除機の音が鳴ったからって・・・人生最大のど忘れだ・・・
しばらく後悔で床に顔を伏せているとドタドタと足音が聞こえる。
顔を上げると目の前で妻が仁王立ちしていた。
「本当に短い間だったけどお世話になりました!」
そういうと重そうな荷物を両手が抱え、部屋を飛び出していき、何秒後かに玄関のドアが開いた音、そして閉まる音がした。
一人家に残された俺はゆっくりと床に寝そべる。
ローンで買ったばかりの広めのマンションは俺に哀愁の目を送っているように見える。
俺は飄々とソファーの横に居座っている掃除機を見て、切実と思う。

掃除機の力、恐るべし。

終わり。



BACK−色んな音◇/cRhAkAE0  |  INDEXへ  |  NEXT−無題◇8Ijkms9G0