【 音 】
◇Rm3POuqX0




734 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/16(日) 02:51:35.48 ID:Rm3POuqX0
第16回週末品評会 お題:音 1/3

 音とは不思議なもので、同じものでも、時の気分や状況により、
かなり違った雰囲気を持つようになっているらしい。
私は、そんな音という現象に取り憑かれているようである。
 私は作曲家だ。
それは、音に人一倍の敏感さと執着を持っていたい職業である。
だから、私は大学の音の無い空間を訪れることにしていた。
無音を聴く、と言うこともまた、音を知ることの一つだと私は考えている。
 その大学は世界でも有数の名門で、この国で最古の私立大学だと聞いている。
そんな有名大学の無響室で、無音が聴けると思うと、
読んで字の如く胸が躍る。溜息が出るほどだ。

 私は、大学のキャンパスをゆっくりと進む。
不意に目に入った、遠くの建物の上に見える空には、
深く吸い込まれるような青に浮かぶ、白い雲が、ただただ躍進していた。
まるで私の期待を反映しているかのようだった。

735 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/16(日) 02:52:08.00 ID:Rm3POuqX0
第16回週末品評会 お題:音 2/3

 私は無音への期待を胸に秘めて、先ほど案内の人に聞いた、
無響室への道のりを進んでいた。
 一歩進むたびに、緊張に似た期待と不安が膨れ上がる。
心拍数も連なって上昇する。
 私は限界値ギリギリの心で、そこに直接繋がるドアを開いた。
迎え入れてくれたのは、ドアの軋む音だった。
中には関係者らしき人もいて、軽い挨拶なんかをしたが、
私にとっては、ドアの音のほうが、よほど歓迎されている気持ちになった。
 関係者らしき彼は、私の願いを受け入れて、無響室への扉を開いてくれた。

 私は息を呑んだ。
部屋に広がっていたのは、規則的に並べられた凹凸の素材だった。
それらの精密さは、蠢いているのではないか、と錯覚させる。
見入れば見入るほど、私の平衡感覚を失わせていった。
正直なところ、視覚的に気持ちの良いものではない。
無響室の実験室らしさ、というか、人工的な一面は私を少しがっかりさせた。
私の無音の空間のイメージは白であって、こんな気持ちの悪い実験室ではない。
 それでも私は無響室の中心に突っ立って、無音の訪れを待った。

736 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/16(日) 02:52:46.99 ID:Rm3POuqX0
第16回週末品評会 お題:音 3/3

 ああ。なんということか。
 すぐに、無響室の効果は発揮されたが、無の訪れは無かった。
つまり、私は音を聴いていたのだ。2種類の音を。
 一つは、高い音だ。キインと高い音。脳に直接響くようだ。
この、音を響かせない無響室でも吸収できない高温は、私の脳に響いていった。
 もう一つは、逆に低い音である。ゴオゴオと流れるような低い音だ。
風が空洞を突き抜ける音のような、水道を流れる水の音ような、そんな低音であった。

 私はそこで、音が不滅であることを悟った。
 そして私は目を閉じて、4分半ほど、無音という高低2つの音を、感じていった。

  完



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