【 あなたには聞こえますか 】
◆3WmQZKDzxM




715 名前:1/2あなたには聞こえますか ◆3WmQZKDzxM :2006/07/16(日) 02:02:24.93 ID:/cRhAkAE0
気がつくと隣を歩いてたはずのKが、5mくらい後ろに突っ立ていた。彼は右手を
耳にそえながら、まったく星の出ていない夜空をぼんやりと見上げていた。
俺は軽いいらだちを覚えながら、少々投げやりな口調で問いかけてみた
「おまえ何やってんの?」

ポケットから煙草を取り出し、火を点け、一回目の煙を吐き出すまで
待ってみたが、なんの返事もなかった。
「…んだよ」
「え?」
「聞こえないんだよ」
ようやくボソボソと不明瞭な声が俺の耳に届いたのは、ちょうど煙草を
吸い終わった時だった。

パチパチと音をたてながら明滅する電柱の灯りの下で、無機質な金属の
パーツで組みあがったかのような、Kの顔からは何の感情を読み取る
こともできなかった。
「絶対聞こえてくるはずなんだよ」
Kはノロノロとこちらに向かってきながら、俺に聞かせるふうでもなく
呟いていた。

「そこの公園で座って話そうぜ」
俺はそう言ってしまってから、今夜は何も用事が入ってなかったか急に
不安になり、頭の中のスケジュール帳をめくってみたが、きれいな白紙
だったのでひとまず安心した。
「で?何が聞こえないって?」
鎖に錆びの浮いたブランコに二人並んで腰かけた後、俺はおもむろに
切り出してみた。


716 名前:2/2あなたには聞こえますか ◆3WmQZKDzxM :2006/07/16(日) 02:03:45.35 ID:/cRhAkAE0
Kは自分の足元に視線を落としたまま、小さいが確信に満ちた声で話し始めた。
「誰でも重大な決心をした時、それに向かって踏み出す一歩を躊躇して
しまうことってよくあるよな?今まで俺はそういう事態に直面したら
必ずある音が聞こえてきたんだ。その音をきっかけにして行動に移して
きた。俺にとってはスターターのピストルのようなもんなんだよ」

「ふーん」
俺はどういう表情をすればいいのか軽く混乱しながら、次の質問に向けて
口を開きかけたが、一瞬早くKの防衛システムが作動してしまった。
「とりあえずこれ以上は話さないから、悪いな。とにかくその音が
聞こえさえすればおまえにも全てわかるから」
Kは意外に明るい声でそれだけ言うと、軋むブランコを前後に激しく漕いだ後
真っ暗な夜空に向かって飛んでいこうかと言わんばかりの勢いで、おもいきり
跳躍し、そのまま走って砂場の奥の闇に溶けこんでしまった。
取り残された俺は、ニ、三度ブランコを揺らしてみたが、なんとなく寒々しい
気分に襲われ、帰路につくためゆっくりと腰をあげた。

三日後の夕方テレビをつけると、卒業アルバムから持ってきた、Kの
真面目くさった顔がでかでかと映し出されていた。画面の下のほうには
白い文字で『両親を刺殺後、家に火をつけ自殺』と―

くだらない芸能の話題に移った後も、俺はぬるくなったビールを片手に
握りながら、いつまでも考え続けていた。

Kにはどんな音が聞こえたんだろう。オレニモキコエナイカナ…





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