【 雨宿り 】
◆BCh5gXvzSs




682 : ◆BCh5gXvzSs :2006/07/09(日) 23:16:46.67 ID:j/WMF+650
 もう太陽が真上に昇る頃なのに湖畔には、濃霧が立ち込めていた。
私は、肌の露出した首のあたりに霧の白い冷たさを感じながら、一人、去年の記憶を辿るように湖の周りを歩いていた。
周りには誰もいる様子がなく、私の足音だけが柔らかな土の上でミシミシと響いている。
その寂しい足音が、より一層、私を哀しくさせていた。
目の前に明確な道というものがなければ、私は、自ら霧の中に溶けていったことだろう。
私のこの一年間もそうだった。
丁度、去年の今頃、この湖畔に二人で来た後に葉介は、亡くなった。
私は、思った。このまま霧の中に溶けてしまえばどれほど楽だろう、この霧が私の心をどれほど白く穏やかにしてくれるだろうと。



683 : ◆BCh5gXvzSs :2006/07/09(日) 23:17:14.87 ID:j/WMF+650
 目の前に湖を一望できる展望台が見えたと同時に雨が降ってきた。
私は、複雑な気持ちで雨を避けるために展望台へ急いだ。
展望台は、去年と全く変わっていず、木でできた長椅子もそのままで、私は、あの時と同じように右側に腰をおろした。
自分自身にケジメをつけるためにやってきたのに……
葉介との幸せな思い出で胸を締め付け、左側の空虚さに押しつぶされそうになる。
でも、私は、徐々に長椅子の真ん中へ移動していった。
葉介との想い出に浸りながら、見えない湖のほうをずっと眺めていた。


685 : ◆BCh5gXvzSs :2006/07/09(日) 23:18:40.52 ID:j/WMF+650
 三十分ほど経っただろうか、もっと永く感じられたが、屋根を打ち付ける雨の音が少し弱くなってきた。
そして、雨があがり、次第に霧も晴れて、太陽が姿を現し、眼下に美しい湖の姿が広がった。
湖面は、陽射を反射して、眩しいほどに輝いている。
それは、私の心の中まで届き、一つの考えに変わった。
 彼は、私の中でずっと輝いている。
きっと、この輝きがあれば、もう道を失うことはないだろう。
 私は、そっと長椅子から立ち上がり、展望台を後にした。

「了」



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