596 :雨を見たかい ◆O8W1moEW.I :2006/07/09(日) 20:40:19.88 ID:dCojXycw0
布団からひょっこり顔だけ出している葵の汗を、雄介は自分のTシャツで丁寧に拭き取った。
「今日も雨?」
「そうだなあ」
小屋の中でも雨の音はうるさいくらいに聞こえてくる。
葵はもう耳も聴こえなくなってしまったのだろう。
「こんないい天気なのに、雨宿りしてるなんておかしいね」
「目が見えんのに、いい天気って分かるんか?」
「なんとなく。逆に感覚が研ぎ澄まされるっていうか・・・」
葵は、自分が特殊能力を持ったかのように、少しだけ誇らしげに言う。
すでに笑顔を作る筋肉が働かなくなっているのに、必死に笑おうとして引きつっている姿が痛々しかった。
「なあ、俺、やっぱり山から下りてお医者さん探してくるわ」
「やめてよ、もし雄介まで私と同じ病気になっちゃったら・・・」
「大丈夫だって。俺、小学校でインフルエンザが大流行したときも、一人なんともなかったんだぜ?」
「それとこれとは、全然違うじゃん・・・!」
たしかに、この雨の中で外に出たらタダでは済まないかもしれなかった。
二週間前の夜、夏休みを利用して、雄介は葵と登山道の中腹にある無人の小屋に泊まっていた。
床に就こうとすると、遠くの西の方で眩い光がいくつも見えて、その後轟音と共に地鳴りが来た。
それ以来、この雨は降り続けている。葵は好奇心で外に出て、その雨を大量に浴びてしまった。
次第に彼女の体は病魔に蝕まれていった。
「・・・でも、それでも行くよ。このままお前を放っておけるわけない!」
「やだ!」
立ち上がろうとした雄介のTシャツを、葵は骨が所々露出した手で掴んだ。
「お願い、側にいて。雄介に見守られて死にたいの、一人は嫌・・・」
「葵・・・」
雄介はふたたびしゃがむと、葵の腕を強く握った。
ふと見ると、雄介自身の腕もだいぶ痩せ衰え、老人の手のように血管が浮き出ているのに気がついた。
それから二ヶ月が過ぎ、夏が終わり、秋が来た。
西の空が光ることもないし、轟音も地響きもない。
ただ、太陽は大地を照らし続け、未だ雨は止んでいない。