【 田舎で緑なこの木の下で 】
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532 :雨宿り 1/3:2006/07/09(日) 18:17:28.12 ID:Kp7pNxEl0
「降ってきやがった・・・・。」
頬をなでるように落ちてきた水滴。
朝から雨の予定を昼過ぎまで耐えてくれたのだから文句は言えないが。
それでも、これから容赦なく襲ってくるであろう水兵の発生源を睨まずには居られなかった。
この日、働きすぎでストライキでも起こしてきそうな足をなだめ、走りだす。
「本当に何も無いな・・・・。」
本当に何も無かった。あったとしても平成に立ったのではないと言い切れる民家。
後は緑色一色です大佐殿!と報告しても俺の首は飛ばないだろう。
舗装されていない道を革靴は流石にきつい。
3分ほど走ったところで、馬鹿みたいにでかい木が俺を迎えてくれた。
雨宿りには申し分ない大きさの木。人が十人入ってもあまりあるはずだ。
その木の下に入るときにはすでに全身隈なく濡れていたわけだが。
「畜生、あの糞部長俺を騙しやがって。」
上着を脱ぎ、ネクタイを緩め、ずぶ濡れの体を木に預けながら上司のセリフを思い出す。
「なにが田舎は警戒心が弱い。だ、全部断られてるじゃないか!」
会社の出張で早朝この僻地に着き、そのまま契約を取りに片っ端から回ったのだが、結果は0だった。
営業成績が悪い俺がいけないのだが、こんな電気も通ってないところへ飛ばすほうも飛ばすほうだと思う。
朝から動きっぱなしだった体は地面に座り込んでしまった。
忌々しい上司の事を考え、この世界は俺が嫌いなんだろうという結論に達したときだった。


534 :雨宿り 2/3:2006/07/09(日) 18:17:52.88 ID:Kp7pNxEl0
「おじさん、何してるの?」
誰かに話しかけられた。顔を上げると俺の目線と同じところにその声を発した主の目線がある。
必然的に目が合う。
少し、考えてから。
「おじさんは、雨宿りをしているんだよ。」
俺はまだ25歳でおじさんの仲間に加わる年代ではないはずなのだが。
「ふ〜ん、おじさんこの辺の人じゃないね。どこから来たの?」
下半身が無い俺と目が合う背丈。髪の長さも、顔も、男の子女の子どちらと聞いても驚けない容姿だ。
「おじさんは東京から来たんだよ。」
「とーきょー?とーきょーって都会?」
「都会だよ、ここよりかは大分ね。」
「都会は嫌いだよぅ。」
「なぜだい?」
「空気や水を汚す人が集まってるって。都会に行くぐらいなら死んだほうがましだって。みんな言ってるもん。だから僕も嫌いなの。」
死んだほうがましとは、ひどい言われようだ。東京生まれ東京育ちとして俺は反論しようとした。
しただけでできなかった、彼、いや彼女か、わからないが、その子の顔は真剣そのものだった。
「おじさんはなんでここに来たの?」
「お仕事だよ。」
「お仕事?それって大変?」
「どうかな、おじさんには少し大変かな。」
「ふーん、僕もね、お仕事してるんだよ。それも大変だから、おじさんといっしょだね!」
仕事?この小さい子が?畑の手伝いとかだろうか。考えていると、その子は俺の前に座り始めた。
知らない人に近寄るなとは教えられていないのだろうか。変質者なら間違いなく連れ去ってしまう顔だ。


536 :雨宿り 3/3:2006/07/09(日) 18:18:29.55 ID:Kp7pNxEl0
「人ってたくさんのことしてるよね。」
「しないと生きられないんだよ。」
唐突になにを言い出したんだろう。しかし目は真っ直ぐ俺を捕らえている。
答えないことを。曖昧にすることを。流れで会話することを。その眼は許さない。
「僕はヒトは好き。心が優しい人がいるから。でも、都会は嫌い。都会に行くとヒトはいろいろなものに心が奪われて汚れちゃうから。」
「人間は弱い生き物だからね。」違う、こんな答えをこいつは望んでいない。
「そう、でも僕ね、信じてるんだ。いつかみんなの心が綺麗になって。僕のお仕事を無くしてくれるって。」
そう言って、音も無く、その子は立ち上がった。仕事とは何なのか聞こうとする俺を止める。
雨はいつの間に止んだのだろう。雲は消え、光が射していた。
「ありがとう。お話ができて楽しかったよ。おじさん、お仕事頑張ってね。僕も頑張るから!」
明るい声。眩しいくらいの笑顔。やわらかい瞳。
一瞬、全てが揺らいだ。途端、ふわりと浮く。薄くなる色。その子の体。
「お前・・・・・・。」
呟いたのは体か心か。動いたのは心か体か。
空気に混ざるように消えていく、君の表情には、強い意志。全てを許容する心。そして痛いほど伝わってくる願い。
今はもう、完全に消えてしまった。声も聞こえない。
なんだったんだ今のは、夢か?試しに頬つねってみる。痛い。当たり前だ。
それならなんだ?妖精?お化け?このあと俺はどこかの秘密機関に連れて行かれるのだろうか。
ひとしきりそんな事を思案した後気づく。疲れていたのだ、そういうことだ。
こんなこと誰に話しても馬鹿にされる、信じてもらえないだろう。なら、
「お仕事、頑張りますか。」
自然と笑みがこぼれる。
体は十分な休息を得ている。契約は0だ。急がねば。
雲は白く、空は青く、緑は綺麗だ。
働くにはこれ以上の環境は無いだろう。
そして何より――――――――――――。

    おわり      雨宿り ―田舎で緑なこの木の下で―  



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