【 難しい雨宿り 】
◆qygXFPFdvk




453 :雨宿り1/3 ◆qygXFPFdvk :2006/07/09(日) 14:34:07.18 ID:RSjkXbMf0
湿気を孕んで重くなった白衣に袖を通しながら、男は思う。
<雨続きだな>
空調が効いたはずの部屋の空気も、心なしか重い。
男は雨が好きではない。理由は一つでは無いが、自転車で通えなくなることも一因だ。
下宿からは歩くには遠い。日頃乗らないバスは、雨のせいで乗車率も高め。
締め切った車内は余計に息苦しかった。

昼休みもそろそろ終わり。
研究室に戻った男は、メールを確認するついでに天気予報を調べた。
<これなら夕方には止むか>
最初から天気予報に期待はしていない。
気圧配置と雲の動きを見て、自分で判断したほうが良いことを経験から知っている。
また、予想が外れたときも諦めがつくというものだ。

ブラウザを閉じ、仕事に取り掛かる。壁に掛かった時計を見ると針は一時を示していた。
<一時か。反応さえ思い通りに進めば、八時には測定できるな>
乾燥機から器具を取り出す。
湿気の多い時期は、簡単な反応も上手くいかないことが多い。
だから器具の乾燥にも気を使う。
試薬が水分を嫌うこともある。男が棚から取り出した試薬もキャップがしっとりと濡れていた。
<これだから雨は嫌なんだ>
眉を顰めながらキャップを開けようとしていると、勢いよく扉が開いた。


454 :雨宿り2/3 ◆qygXFPFdvk :2006/07/09(日) 14:34:23.90 ID:RSjkXbMf0

「あー!もうびしょ濡れー」
女は扉を抜けると荷物を机に放り、ハンカチで髪や服を拭いている。
「聞いてくださいよー。食堂から出てきたら私の傘ないんですよ。酷いと思いません」
「それは酷いね」
試薬を量り取るために秤の前にいた男は、女に一瞥くれることも無く答えた。
「ですよねー。もう最悪ですよー」
悪態をついている様に思えるが、男に耳には楽しそうにも聞こえた。

男は反応を仕掛け終わると、伸びをしながら自分のパソコンの前へと向かう。
「で、何でこっちに?午後は授業ないでしょ」
「えっとですね、雨宿りついでにレポートでもしようかなと。学部生も大変なわけですよ」
「それはお疲れ様」
「そこで相談なんですが。この反応教えてくださーい」
女は実験の手引きを男に見せる。男は少し見ただけで答えた。
「それは、カルボニルの基礎的な反応だから、どの教科書にでも載ってる。自分で調べなさい」
「えー…教えてくださいよー」
「駄目だよ。自分で調べる習慣をつけなさい」
「…はーい」
女は膨れながら答える。
「図書館行って調べてきます」
「行ってらっしゃい」


455 :雨宿り3/3(完) ◆qygXFPFdvk :2006/07/09(日) 14:34:49.04 ID:RSjkXbMf0
教科書とノートを持って女は立つ。
「あ、先輩。雨っていつまで降りますか」
「夕方には止むんじゃない」
「そっかー。じゃあ傘なくても外に出れますね。で、先輩はいつまで実験ですか」
「早くて九時だろうね」
「わかりました。じゃあ、私夕飯買ってきますよ」
女はそう言って出て行った。

一人になった研究室。
男にはわからなかった。
<雨が止んだら早く帰ったほうがいいのになぁ>
                          第十五回品評会提出「難しい雨宿り」



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