【 いつもの風景 】
◆SORIDw8K0U




439 :  ◆SORIDw8K0U :2006/07/09(日) 13:35:49.47 ID:UhCxhl7U0
お題【雨宿り】 タイトル【いつもの風景】


440 :  ◆SORIDw8K0U :2006/07/09(日) 13:36:19.76 ID:UhCxhl7U0
「今日もいい天気だ」

カーテンを開けながらそう呟くと彼は、大きくあくびをして私のほうを振り向いた。
私は、「そうだね」と短く答えてもう一度目を閉じた。
最後に私の目に映った景色、それは曇り空と、音もなく降り続いている細い線だけだった。


月曜がやって来た。
朝。いつものように階段を急ぎ足で駆け下りる。
マンションにはエレベーターもついているけど、健康のために毎日階段を使うようにしている。
折りたたみ傘を開いて、地下鉄の駅まで歩く。
毎朝十分のウォーキング。
スーツに小さな小さな雨粒がたくさんついてくる。
これがどんどん積もっていくと、次第にグレーのスーツが黒のスーツへ変わってく。
都会の喧騒は、こんなふうにして私を埋め尽くしていくのかもしれない。
早く駅へ着かないといけない。

雨の日はいつも憂鬱。外へ出たくない。
月曜ならなおさら。
この時間もまだベッドの上で布団に包まって、心地いい眠りの世界にいるもうひとりの自分を想う。


441 :  ◆SORIDw8K0U :2006/07/09(日) 13:36:47.83 ID:UhCxhl7U0
雨の日でも変わらず、駅に近づくにつれてスーツを着た人の数が多くなっていく。
みんな同じ格好をして、同じように電車に乗って会社に行って、同じように「あー、疲れたなぁ」と言って帰宅するんだろう。
なのに、同じ人はひとりもいない。
他の人から見たら、私もそんなスーツ人間の中のひとりに違いないだろう。
地下へと続く階段を下りながら、折り畳み傘を畳む。
一時だけ、雨から逃れられる時間。

ホームに降りると相変わらずのすごい人ごみ。
この中に埋もれたら、すぐに誰が誰だかわからなくなるだろう。
この人ごみは、なにか大切なものさえ隠してしまいそうで私を不安にさせる。
ほとんど待つことなく電車が来る。無駄を省いた世界。
作られた世界。造られた世界?

電車に乗り込む。ドアが機械的な音を立てて閉まる。
いつもと違うことなんてひとつもない。
すぐ隣の禿げかかったおじさんの人生を想像する。
前の白髪のおじいさんの人生を想像する。
右後ろの眼鏡をかけた青年の人生を想像する。
後ろの高校生の人生を想像する。
みんな何を思いながら繰り返しの毎日を過ごしているんだろう。
満足しているんだろうか?
もしかして満足してないのは私だけ?
不安に襲われる。
車内放送が、私が降りないといけない駅の名を告げる。
慣れることのない揺れの後、電車が止まり、ドアが開く。
私は一歩を踏み出した。


442 :  ◆SORIDw8K0U :2006/07/09(日) 13:37:06.94 ID:UhCxhl7U0
私は、私の人生を創造する。

電車が去っていく。
人ごみは出口へと流れていく。
私は、歩調を変えないまま歩いた。
改札を抜けると、
久しぶりに見る太陽の光が私の顔を、街を、人ごみを照らした。
私は思わず笑顔になった。
手に持っていた折り畳み傘をバッグの中にしまう。

きっと帰ったら彼は、「今日もいい天気だった」
そう言って出迎えてくれるだろう。
日常ってのも悪くないなと思った。

    終



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