【 雨宿り 】
ID:1tWhFQwG0




435 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/09(日) 13:03:27.35 ID:1tWhFQwG0
祭と遊園地なんて、1年ぶりぐらいだろうか。
不況という大波は私の働いている小さな会社も当たり前のように飲みこんでいった。
給料も大幅に少なくなり、別れた夫が送ってくる雀の涙程度の養育費と足してなんとか生活していた。
当然休みなど取れるはずも無く、祭は寂しい思いをしていたと思う。
今日のために残業を重ね、なんとか休みを取ることができた。
祭に遊園地を遊園地に行くと約束すると、今にも泣き出しそうなくらい喜んでくれた。
あの時の顔はこれからも忘れることはないだろう。
日本の一般的な家庭なら当たり前のことを、こんなに喜んでくれる娘を見るのは辛かった。
授業参観に行けなかったこと、夫と別れる時、毎日の家事の手伝い。
祭には大きな苦労と悲しみしか与えることができなかった私に、また一つ罪が増えた。
ドアを遠慮がちに小さくノックする音。
「お母さん!」
同年代の女の子に比べ、明らかに一回り小さい祭が息を切らして入ってきた。
私は祭を見ることができない。
約束の日の前日、急に体が動かなくなりその場に倒れ、気がついたら病院のベッドに横たわっていた。
医者からは過労と言われ1週間程入院しなくてはならないらしい。




436 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/09(日) 13:04:09.42 ID:1tWhFQwG0
祭は看護婦さんに連絡をもらい、夜中にも関わらず走ってここまで来てくれた。
「無理しちゃ・・・だめだよ・・・」
私を見た瞬間、肩を震わして泣き始める。
母親失格。
期待を持たせる約束をしておいて、いとも簡単にそれを破る。
「ごめん・・・。ごめんね。遊園地・・・行けなくて・・・」
謝るしかできない卑怯な私。
許してほしいけど、許さなくてもいい。
他の母親のところに行きたいなら行ってもいい。
けれど、行って欲しくない。
一定の間隔で落ちてくる点滴は約束の日までの時間を非情にカウントダウンしている。
「お母さん・・・死んじゃったらやだよぉ」
心配してくれている。
今までも、これからも、何一つ喜ばせることをしてあげなかったのに。
「・・・祭が悲しんでくれるなら死なないよ。遊園地、また来週にしてくれる?」
入院は1週間と言われたが、関係無い。
この約束だけはどうしても守りたい。



437 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/07/09(日) 13:04:41.61 ID:1tWhFQwG0
「いい」
祭が発した言葉は意外なものだった。
心の底で祭なら今回も許してくれると思い、いつも通り笑顔で「いいよ」と言ってくれると思っていたのかもしれない。
それを恥じる。
許せないのは当たり前だ。
祭は無言で立ちあがり、看護婦の一人が夜食ということで祭に買ってきてくれたリンゴを包丁でむき始める。
白い、清潔に保たれたお皿に次々とリンゴを乗せて、リンゴが芯だけの状態になるとそのお皿を私に差し出した。
「今、お母さんと沢山お話するからいい」
祭の目はまだ濡れている。
しかし、真っ直ぐに私を見つめている。
気がつくと私も泣いていた。
漫画のような大粒の涙をリンゴの上に落としていた。
止まることはない。
これからもこの涙の雨を私も祭も流しつづけるだろう。
そのときはちょっと休憩しようと思う。
祭と二人で、雨宿りを。



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