【 大好きな「モノ」 】
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56 :テーマ「新世界」:2006/07/03(月) 14:48:35.77 ID:+RQddJwW0
『『大好きな「モノ」』

ここは、ドームの中
ドームの中には、大人と子供を合わせて住んでる人数が、数十人程度
俺は、ドームの外には出たことが数回しかないけれど、大人達が大地を耕そうと、
一種のコミュニティーになっている事から、大人達は、このドームの事を、「村」と、呼んでいる
努力したが、その努力が無駄に終わった後が、いくつか在る
外に緑は、無いに等しい

それでも、食料はある
月に一度、どこからか、一日に必要な栄養素が詰まったゼリーが届くのだ
どこから届くのかは、大人達も知らないらしい
生まれたときからこれを食べているので、特に、食事に感動も嫌悪も無い
だけど、これもまた、月に一度だけ、とても美味い「モノ」が、皆で食べられる
俺は、もっと、ずっと小さいときから、このとても大好きな「モノ」が食べられる日が、とても楽しみだった

ドームの中の一室、村長と、呼ばれている爺さんの部屋に、俺は呼ばれた
多分、俺は今日で、13歳の誕生日を迎える
そのお祝いを、されるのだろう
村長の部屋に着くと、中には、村長以外にもう一人居た
彼女は、俺の、大好きな「ヒト」だった
彼女は、ドームの中で唯一、俺と、同い年の幼馴染
彼女も、一緒に祝ってくれるのだろうか?と、少し期待に膨らんでいるとき、村長が、言った
「お前達が、二人とも、13という年を迎えた今日、伝えなければ、いけない事が、ある」
何だか、村長は、とても渋い顔をしている
とても、祝言を語る。と、言った雰囲気ではない


57 :テーマ「新世界」:2006/07/03(月) 14:48:55.03 ID:+RQddJwW0
続けて、村長は、こう言った
「この村に、どこからか、支給品の食料が、届いているのは、知っているな?」
当然、知っている
幼い頃から、あのゼリーを、皆食べているんだ
この村の中で、支給品のゼリーの存在を知らないものは、居ないといって良いだろう
「そして、月に一度、村人全員に、「肉」が支給されていることも、知っているな?」
村長が、そう続ける
もはや、独白に近い台詞だ
ふと、彼女の顔を見ると、顔が青ざめている
俺には、村長の言っている事が、よくわからない
何を、伝えたいのか
そして、村長が、こう言った
「そして、これは、お前達は気付いていただろうか・・・。「肉」が支給された日を境に、村人が、一人、村から消えていることを」
ここまで聞いて、想像力に乏しい、俺でも、村長の言いたいことが、はっきりとわかった
俺の頭から、血の気が引いていくのが、はっきりとわかる
村長の独白とも思えるような、言葉は続く
「そう・・・支給品のゼリーだけでは、食料が足りなくてな・・・。月に一度、この村では、13歳を超えた人間は全員、クジに参加しなければいけない
そのクジに当たった人間は、この村の食料と、なる為に・・・」
村長は、伝えたいことは、以上だと言って、俺たちを部屋から出した
俺は、もはや、頭では考えられないほどの、恐怖に襲われていた
パニック寸前だった
――――いやだ、死にたくない!
この思考だけが、ずっと頭の中でグルグル回っている
俺が、頭を抱えているとき、彼女は、そっと、こういってくれた
「コウ、大丈夫だよ。コウは、私が守ってあげる」
「ワカ・・・」
俺の名を呼んでくれる、彼女の言葉が心地よく感じられる
彼女にそう言われただけで、俺の心は、幾分か、救われたような気がする
それでも、一人になった時、恐怖が俺の頭を、ずっと支配していた


58 :テーマ「新世界」:2006/07/03(月) 14:50:28.29 ID:+RQddJwW0
幼いころから、毎日楽しみだった日
だけど、今となっては、その日を迎えるまで、俺はずっと恐怖に怯えていた
そして、ついに、来てしまった、毎日楽しみだった日がきてしまった
俺のは、ワカの後ろに並ばされていた
確立は、数十分の一
引きっこ無いとは思っていても、ずっと恐怖が襲ってくる
死にたくない
死にたくない
死にたくない 死にたくない 死にたくない・・・
そして、ワカがクジを引き終わり、ついに、俺の番になった
心臓が破裂しそうだ
頭がパンクしそうだ
胸が苦しい
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!
心臓音が、エラー音を発している
手先が痺れて、感覚が無い
なんで、俺がこんな目に合わなきゃいけないんだろう・・・
そう思ったとき、ようやく、俺の手はクジの先へと、手が届いた
もう、頭の中がカラッポだった
そして、俺は、クジを一つ、一気に抜き取った瞬間、走っていた
全速力で走って、気付いた時は、村の外まで逃げていた
俺は、村から遠く離れた場所で、一つの潰れかけた、民家を見つけた
俺は、そこに隠れることに決めた
暗く、埃っぽい家の中は、それでも、村の中よりかは、俺の心を恐怖から、救ってくれた
少し、人心地が付いたところで、俺は必死に掴んでいた、クジの存在を思い出す
クジの先が、当たりを告げる色
赤に、染まっていた


59 :テーマ「新世界」:2006/07/03(月) 14:50:49.31 ID:+RQddJwW0
俺は、体中から、いやな汗が滲み出ている事を実感した
また、俺の頭の中を、恐怖が支配している
気付くと俺は、元民家の中から、一つの錆付いてしまった、刃もボロボロな刃物を握り締めて、隅に蹲っていた
いやだ、死にたくない、いやだ、死にたくない
思考がループしているとき、玄関のドアが開いた音が、俺の耳に入る
俺は、体中へと、ケイカイセヨ!と、告げる
足音が、一歩ずつ、俺へと近づいてくる
その次に、俺の耳へと入ってきた音は、良く聞きなれた声だった
「コウ、居るの・・?」
声の持ち主は、俺の大好きな「ヒト」
ワカだった
俺は、何故か、安堵感に包まれ、手にしていた刃物を床に落とした
「コウ!」
ワカが、俺の存在に気付き、こちらへと走り寄ってくる
「コウ!心配したんだから!いきなり、走って出ていっちゃうんだもの・・・」
「ワカ・・・俺、死にたくない、死にたくないよ・・・」
思わず、俺は、涙を流してしまい、その途端、体中から、力が抜けていく
そして、俺が手に握り締めていたクジは、足元へと落ちてしまった
ワカは、そのクジを拾い上げ、先を見る
そして、ワカの顔は、驚愕への表情へと変わる
そして、ワカは、俺を抱きしめてくれ、こう言ってくれた
「コウ・・・、大丈夫。言ったでしょう。あなたは、私が守るって」
俺は、ワカの胸の中で、今までで一番涙を流した


60 :テーマ「新世界」:2006/07/03(月) 14:51:05.16 ID:+RQddJwW0
ワカは、少ないながらも、食料を持ってきてくれていた
いつもの、支給品のゼリーを
俺たちは、その少ない食料を、少しずつ、少しずつ食べていった
二人で過ごしている時間は、本当に幸せだった
しかし、幸せだった時間も、いつしか、終わりを告げようとしていた
そして、一ヶ月が過ぎる頃、ついに、ワカの持ってきたゼリーが無くなってしまった
「コウ、話があるの・・・」
俺は、嫌な予感がした
ワカが、何を言いたいかが、わかってしまった
「コウ、食料が無いと、あなたも、わたしも、生きていけない・・・」
次の言葉を、聞きたく無かった
また、あの時のように、俺の体中から、嫌な汗が吹き出る
思わず目を瞑り、耳を塞ぐ
「大丈夫、言ったでしょう、コウ。あなたは、私が守るって」
俺は、自分と思っていた言葉と、ワカの言葉が違うことに、疑問を覚えた
俺は、ワカが、クジをするんじゃないかと思っていた
ふと、耳に入ってきた、ゴトッという、モノが倒れる音
恐る恐る、目を開けようとしたとき、俺の視界の中に、途轍もないものが入ってきた
ワカが、あの錆付いた刃物で、己の首を掻き切っていたのだ
「ワカ!」
俺は、喉の底から、力の限り叫んだ
しかし、もう、俺の大好きだった「ヒト」からの返事は無い
俺の頭の中に、ワカの言っていた言葉が反響し続ける
「コウ、大丈夫。あなたは、私が守る」
俺は、泣いていた
ずっと、ずっと泣いていた
そして、大好きな「モノ」を、少しずつ、少しずつ
噛み締めていった

                                           fin



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