【 新世界 】
◆ct0G69Z3/Y




31 : ◆ct0G69Z3/Y :2006/07/02(日) 23:44:00.10 ID:WYmfCJt80
「新世界」

新学期も始まり、気がつけばもう夏休みは足踏みをして目の前まで迫っていた。
梅雨はどこに出かけてしまったのだろうか、湿度を忘れた真っ青な空は真夏日一歩手前であり、これからある昼過ぎまでの授業をさらに憂鬱にさせてくれた。

自転車から降りたことを合図に、体のあちこちから汗が滲み出る。
俺の学校にクーラーなどという高度な文明機器は無く、もちろんその次元が高度から近代に歩み寄ったとしても、扇風機など設置されるはずもない。

唯一の救いは、湿度が比較的低いことだろうか。
満面の笑みを誇る太陽は容赦してくれない様子だが、水不足が心配になるほど今年の梅雨前線は飲み会のあとの茶漬けのようにあっさりしていた。

外気温よりは少し涼しく感じるのは何故なのだろうか。ひんやりとした廊下を歩き、俺は自分の教室のドアに手をかける。
普段ならばすぐにドアを開けて中の級友と些末な馬鹿話などするのだが、俺はその瞬間ふと変な感覚に陥ってしまった。
デジャヴのようなそれは、眩暈がするほどクラクラと俺に訴えかけていた。
まるで俺の大脳辺縁系が必死にそこへ踏み込むのを拒否しているように思えた。

この教室は何かおかしい。

そう思った瞬間だったろうか、俺は躊躇していた右手をドアから離した。
少し冷静になってみよう。どうしてこのような違和感を感じてしまうのだろうか。

普段ならば、自分のロッカーから落書きだらけの教科書を取り出し、授業の準備らしき行動をとっているに足りる時間、俺は廊下に立ち尽くしていた。

ミンミンゼミとアブラゼミの合唱をしばらく聞きながら悩み、俺はこの気持ち悪くなるような違和感の原因にたどり着く。いや、たどり着かされたといったほうが適切かもしれないね。


そうだ、今日は誰とも会っていない。




32 : ◆ct0G69Z3/Y :2006/07/02(日) 23:44:32.06 ID:WYmfCJt80
いや、正確にはうちの高校の制服を着た御人との接触が皆無といったほうがいいだろう。
学校に行く途中十分程度の道のりでも、いつも自転車を違法駐輪している寂れた公園にも、
外界よりは幾分涼しい薄汚れた廊下においても俺は誰ともすれ違うことなくここにたどり着いている。

腕時計に目をやる。
予鈴の時刻を二分ほどオーバーしているのに、生徒達を席に着かせる悪魔の囁きのようなベルは鳴ろうとしなかった。
それだけではない、自分の教室はもちろんのこと、途中に前を通り過ぎた職員室は電気が点いていなかったように思う。

俺はキリキリと頭が痛くなるような違和感を振り払いつつ、再び右手をドアに置き、開いた。
教室の中にはセミの声しか居なかった。外の太陽を遮る木漏れ日を受けた薄暗いそこは、まるで見たことの無い新世界のようだった。
そして同時に、この状態が今日は休みだということを告げている。

繰り返すようだが、教室には誰もいなかった。

このときばかりは自分を呪ったね。
せっかくの祝日をこんな形で迎えるとは思ってもみなかった。
この世の中にまさに今俺と同じ境遇の人がいたら名乗り出てほしい。すぐさま繁華街に集合してゲーセンかどこかで遊ぼう。

がっくり肩を落とした俺は、誰もいない廊下をペタペタと歩き、まだ体温の残る外履きに履き替える。
遥か遠くの山々は青々と茂り、もう夏なのだと俺に再び語りかけているようだった。

今日は七月十七日。あと三日ほどすれば、一ヶ月以上足を踏み込むことはなくなるであろう校舎を背にして、
俺は公園まで歩みを急いだ。



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