【 宙(そら)の扉 】
◆Qvzaeu.IrQ




21 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/07/02(日) 22:42:46.39 ID:pjNY8j9e0
 それはいつの頃か、忘れたある日のこと。私は、パパと一緒に月を見に行った。
 小高い丘の上。
 そこはどこまでも続く、光の世界だった。
 夜の闇夜を切り裂くように、白銀の輝きが溢れている。
 月が見えたんだ。真っ黒な画用紙に、白く輝くクレヨンで描いたみたいな月が。
 優しく、強く、私の前に広がっていたんだ。

 あの月へ向かった人が居る。 
 あの月に手が届いた人が居る。
 宇宙で暮らした人が居る。

 私にも、手が届くかな?
 あの宙の果てに。

 あの日から、幾つもの時間が流れた。
 そして、今日。私は、最終訓練を終え、教官に結果を聞きに行くところだった。宇宙飛行士の訓練を私は、今日終えたのだ。
「おい、お前」
「何?」
 廊下を歩くと、すれ違い様に声をかけられる。好意的なものもあるが、大体は……。
「もし、宇宙に行ける事があっても、暴れるなよな。サリュートが、破壊されたらたまんねえよ。俺もいずれ行くんだから」 
 ガタイの良い、訓練生の男だった。こういう、中傷だ。
 私を睨みつけるようにして、嫌味を言う。何を言いたいのかは、解った。
 女の分際で、宇宙に行って満足に活動できないって事だろう。
「貴方が乗るのは、いつになるか解らないけどね。ノストラダムスに、地球が滅ぼされる方が先なんじゃない?」
「ふんっ。たまたま今回の候補生に選ばれたからって、随分と調子に乗っているな。女のクセに。20年前に行ったどっかの人みたいに、パニック起こさないことだな」
 そう捨て台詞を吐いて、男の人は廊下の奥へと歩いて行った。
 テレシコワさんだろう。彼が言っていたのは。
 彼女は素晴らしい人だ。女性で始めて、宇宙に行った。しかも、単独だ。
 でも、彼女はパニックを起こしたそうだ。


22 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/07/02(日) 22:43:28.07 ID:pjNY8j9e0
 地上と満足に交信できぬほどの。宇宙船の内窓に、ひびもいれたらしい。
 それは随分と非難をされたそうだ。20年も昔のことなのに、未だにその事を引き合いに出される。
 こうやって、言われるたびに私は何ともいえない気持ちになる。
 なんとしても、宇宙に行きたい。
 教官室に行くまで、随分と私は非難された。それを無視して、歩く。
 教官室に付き、扉を開ける。
「スベトラーナ・サビツカヤ」
「はい!」
 暫く、教官は無口だった。背を向けていた教官はこちらを向き、私を呼ぶ。
「本日の訓練をもって、君を宇宙飛行士として認める」
「はい! 今までありがとうございました」
 ふう、ここまで来るのは長かったな……。
 彼の訓練は厳しかった。私が、何百人といる候補生の中から選ばれた。そして、同じ訓練をする仲間の中から、私が宇宙に行くことが決定した。
 長かったな……。
 プール上での、無重力空間における訓練。パラシュート降下訓練。基礎知識。
 私が訓練生として選ばれ、半年。数多くの訓練をこなしてきた。
 長かったな。凄く。
「我がソ連が、女性を宇宙に行かせるのは、君で二人目だ。この意味が解るよな?」
 厳しい顔をした、男性の教官の声が聞こえた。
「はい、解ります」
「もし、君に失態があれば、我々はもう女性を宇宙には飛ばさぬだろう」
 いつもの訓練時より、遥かに厳しい声で教官は言った。
「はい……」
「しかし」
 そこで、教官の声が和らぐ。
「今回は、1人ではない。サリュートには、君の仲間が居る。怯えずに、自分を信じるんだ。良いな?」
「はい! ありがとうございますっ!」
 私は頑張れる。

24 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/07/02(日) 22:44:39.22 ID:pjNY8j9e0
 たとえ、女は宇宙には向かないと、何度も罵られようとも。
 宇宙に行きたいから。あの日見た、月と星の照らす世界に行きたいから。
 だから頑張れる。突き進める。
 窓から見た空には、月が輝いている。
「では、解散!」
 教官に敬礼をして、私は自室へと向けて歩いていく。
 明後日は、いよいよ宇宙に行くんだ。
「あの場所へ、行けるんだ」
 自分に声をかけると、それだけで、さっきの気持ちが強くなった。
 
 月よ。星よ。光よ。闇よ。
 私はそっちに行くよ。
 多くの人が飛び立ち、その背中を追った宇宙へ。
 新しき世界の扉を、今、あけたいから。
 



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