【 彼女の笑顔 】
◆mWaYx4UM2o




138 : ◆mWaYx4UM2o :2006/06/26(月) 00:24:40.19 ID:hdrASYUK0
車内冷房のおかげで暑さからは逃れられているものの、
あいも変わらず西日が目に突き刺さる。
何度この電車で往復したのか、到底思い出せるような回数ではない。
だが、それもこれで最後になるだろう。

彼女は死んだ。
俺の元上司で、恋人で、同僚のもとへと嫁いでいった彼女。
結婚してからも、苦楽を分かち合い、情を交し合った彼女。
この電車に乗って、彼女の家の2つ前の駅で待ち合わせ。
そんな繰り返しもこれでもう、お終いなのだ。

向いの窓から差し込む日差しが眩しい。
薄目でどうにか耐えていたが、いよいよ堪えきれず顔を伏せ、
視線を座席から下ろした足と足の間へと落とし込んだ。
視線の先に紙袋を見て取れる。この中には、わずかばかりではあるが、
彼女の想い出の品が押し込まれている。


139 : ◆mWaYx4UM2o :2006/06/26(月) 00:25:46.62 ID:hdrASYUK0
なんとも無しに紙袋の中へと手を突っ込み、
旦那さんのご好意で分けていただいた形見の品を手に取っていく。
所々擦り切れ、いかにも使い込まれたといった風体のカメラ、
俺の上司だった頃から愛用していた万年筆……

北海道土産の小さな木彫り人形を手にした時、ふと彼女の言葉が頭をよぎった。
『ゴメンね、あなたの事選んであげられなくて』
『来年もまた、一緒に北海道行こうね』

もう決して果たされる事の無い約束を、戻ってこない笑顔を思い出し、
胸が締め付けられた。
もしかしたら叶ったかもしれない2人の未来、そんな僅かばかりの夢さえも、
彼女は持って行ってしまった。

紙袋へと形見を戻し顔を再び上げた時には、
すでに日差しは和らぎ空もうっすらと紅色に染まっていた。
なんとも悲しげな夕焼け空に、俺は思わずため息をこぼしていた。

141 : ◆mWaYx4UM2o :2006/06/26(月) 00:26:56.39 ID:hdrASYUK0
仕事の帰り道、俺は写真屋に寄り道をしていた。
彼女の遺品の1つであるカメラの中に、フィルムが残されていたのだ。
昼休みに預けていたフィルムはすでに現像が終わっており、
俺は写真の入った袋をかばんにしまいこんで、家路を急いだ。

家に帰り着いた俺は、上着だけ脱いでネクタイも締めたままに
テーブルの上へと例の写真を広げた。

そこには、はにかんだ笑顔の旦那さんや、仲むつまじい2人のツーショットばかりが
映し出されていた。
その写真の量が、一枚一枚の表情が、まさに幸せだと訴えかけてくるようだ。

不意に、彼女の言葉が頭をよぎった。

『ダンナと喧嘩しちゃってさ、う〜ん、どうしたらいっかな?』
『あの人ったら、結婚してから全然愛してるとか言ってくれないんだもん。
 だからそんな風に言ってくれると嬉しいな』
『ゴメンね、あなたの事選んであげられなくて』

なんだ、最初から負けていたのか。
いよいよ堪えきれず、嗚咽を漏らしテーブルに突っ伏しながら、俺は我を忘れて泣き続けた。

―完―



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