【 先駆者の想い 】
◆ZEFA.azloU




119 : ◆ZEFA.azloU :2006/06/26(月) 00:08:34.95 ID:oGxwn2rD0
【品評会お題:カメラ】
『先駆者の想い』

「そういえば、カメラを一番最初に作った人は何が撮影したかったんでしょうね?」
 静かな室内に、千尋ちゃんの声が響く。
「突然どうしたの?」
 ファインダーごしに問いかける。雑談を始めても、彼女のポーズは全く崩れない。
「何だか、ふと気になって。カメラの起源って何なんですか、先輩?」
「確か……銀板写真だったと思う。フランスで生まれた物なんだよ」
 言いながら、僕は次々とシャッターを押していく。デジカメを買ってからというもの、失敗を恐れる必要は無くなった。
「ふーん。それで、その銀板写真を作った人は、最初に何を撮影したんですか?」
「そこまではちょっと分からないなぁ」
 片手を上げてポーズの変更を合図しながら、僕はまたシャッターを押した。
「でも、どうしてそんな事聞くの?」
 ファインダーから目を離し、僕は直接千尋ちゃんを見た。
 撮影中断と判断したのか、決まっていたポーズが突然崩れる。
「ちょっと考えてたんです。私なりの哲学ってやつを。先輩みたいに、私も一つくらい何か欲しくって」
 頭をかきながら、照れくさそうに笑う。
「哲学?」
 僕が頭を捻ってるのを見て、千尋ちゃんは胸ポケットから手帳を開いてみせた。
『写真は思い出。撮影とは、一瞬の出来事を閉じこめる、魂を込めて行う作業』
 手帳の一番最初のページに、大きな文字でそう書いてあった。いつだったか千尋ちゃんに語った、撮影する時の信念だ。
「ああ、そう言えばこんな事も言ったなぁ」
「私、先輩のこの言葉が大好きなんです。それで、私も見習って何か考えてみたくて」
 自分でも忘れていたような言葉を、きちんと覚えていてくれる。
 それだけでも僕にとっては嬉しい事だったが、その言葉は彼女の中で非常に大きな存在となっているように思えた。
 恐らく、僕よりも。
「よし、それじゃあ可愛い後輩のために協力しちゃおうかな。何か僕にできることはある?」
 写真のチェックを始めながら、僕は問いかける。


120 : ◆ZEFA.azloU :2006/06/26(月) 00:09:20.95 ID:oGxwn2rD0
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
 椅子に腰掛けて、千尋ちゃんが僕に向かい合った。
「さっきの質問の続きなんですけど、カメラを最初に作った人は、何を撮影したかったんでしょうか?」
 あまり写りの良くなかった写真を数枚削除して、目線を千尋ちゃんの方に向ける。
「そうだな、僕は多分風景とか歴史的に価値がある物とかだと思うけど……千尋ちゃんはどう思う?」
 僕の答えを手帳に記入しながら、千尋ちゃんが口を開いた。
「私は……私は、多分好きな人を撮影したかったんじゃないかと思うんです」
「好きな人?」
 意外な答えに、思わずオウム返ししてしまう。
「はい。恋人とか、あるいは奥さんとか。記憶以外の部分で残しておきたい、大事なものだと思いませんか?」
 ――深い。
 彼女の答えに、僕は声が出なかった。
「その人にとって撮影したかったものは、きっとその人だけにとって特別な何かなんだと思います」
 もはや相槌など不要だと言わんばかりに、千尋ちゃんが続ける。
「どんなに写りが悪かったとしても、失敗したとしても、それを含めて全部が思い出。それが、写真なんじゃないでしょうか」
 その答えに、どきりとした。
 忘れていた何かを、突然他人に指摘されたような。
「……なんだ、千尋ちゃん。僕が協力しなくても、もう立派に哲学じゃないか、それ」
 え、と間の抜けた声を聞きながら、僕はデジカメを机の上に置いた。
 そのまま、引き出しを開ける。以前まで使っていた、フィルムを使用する昔のカメラを手に取る。
「さて、撮影の続きだ。千尋ちゃん、またお願いするよ」
「あれ? デジカメ、使わないんですか?」
 慌てつつしっかりポーズを作る千尋ちゃんに、僕はファインダーを構えて笑った。
「うん。写りが悪くても、失敗した写真でも、思い出は、消したくないから。千尋流哲学、僕も見習いたくてね」
 僕の声に、千尋ちゃんはちょっとびっくりした表情を浮かべた。
 数秒後、満面の笑みで彼女は声を上げた。
「はい! お願いします、先輩」

 ――カメラの先駆者さん。
 あなたの想い出は、何ですか?          (了)



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