【 鈴峰写真館へ、ようこそ♪ 】
◆Qvzaeu.IrQ




56 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/06/25(日) 19:06:55.91 ID:+hQOjtVi0
 カウベルの音色が、狭い店内に鳴り響く。からんころん。
 少し薄暗いシャンデリア。茶色くなった木の床。飾られた、白黒写真。流れる有線のラジオに、建物自体の古臭い香り。
 喫茶店だと思ったかな? んー、違うんだな。
「いらっしゃい、鈴峰写真館へ。今日は、何の用事かな?」
 そう声をかけると、あなたはものめずらしそうに店内を見渡す。
「凄いでしょ? 曾お爺ちゃんの代から続いているんだよ」
 私の話を聞いて、あなたは納得をしたように頷く。
「明治時代から続く建物だからね。由緒と、伝統はあるよ。それにこの店、味があるでしょ?」
 店内を見渡していた、あなたは1つの写真に目を留める。
「それはね、私のお爺ちゃんの写真だよ。そこに写っているのは、お爺ちゃんと、お婆ちゃん。幸せそうだよね。二人とも正装で、手を取り合って。結婚式の写真だよ」
 あなたは、そうして飾られている写真に目を通す。
「それらは、全部そこのカメラで取られた写真だよ。今でも、現役。なんと、112歳のお爺ちゃん!」
 得意げに話す私に、あなたは少し怪訝な顔をした。
「失礼な、本気で動くって。ところで、今日は何のようかな? 就職の写真かな? 就学の写真かな? 結婚式の写真の予約とか? 貴方の人生と、写真は常にあるっ」
 あなたは、そこでただ愛想笑いを浮かべた。
「あっれー? 何? 何? もしかして、用事はないけど、気になったから入って見ました。って奴ぅ?」
 あ、俯いた。
「んもぉ、お客じゃないのか。まあ、良い――」
 と、また、カウベルのなる音が聞こえた。からんころん。
「いらっしゃい、鈴峰写真館へ。今日は何の用事かな?」
 店のドアを開けたのは、まだ顔に幼さの残る少年だった。
「あの? 今度高校に行くんですけど、証明写真って取れますか?」
 少年は、あなたの方を一度ちらっと見て、私の方へ歩いてくる。
 あなたは、少し落ち着きなくしていたけど、備え付けられている椅子にひょいっと座った。
「証明写真ね、大丈夫。サイズの指定は?」
「3、4でお願いします」
「はいよ、ではそこに座って。あ、シロクロだけど良いよね?」
「あー、はい。そこは指定なかったので、大丈夫だと思います」


57 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/06/25(日) 19:07:44.44 ID:+hQOjtVi0
 少年は、カメラの前の椅子に座って背筋をぴんっと伸ばした。
「緊張しているのかな? 新しい人生の第一歩! もっとリラックスして。ついでに胸をはって」
「は、はい」
 私がこえをかけると、少年は今度は胸を反らした。
「落ち着いてって♪ はい、深呼吸をして〜。どこ高校?」
 私は、カメラのスイッチを持って少年と話す。
「えっと、四之宮高校です」
「あ、そこは私も出たよ。良い場所だよね〜、海沿いにあって」
「景色は綺麗ですよね」
 少年が、自然とした表情を浮かべる。
「はーい、じゃあそのままじっくりとゆっくりとしていてね。動いちゃ駄目だよ」
 私はカメラのスイッチを押す。
 カメラはそのまま、音を立てずに居る。古いカメラなので、写真が取れるまで少しだけ時間がかかるのだ。
 少年は、黙っている。そこにカメラの音が聞こえた。
「はい、それじゃあ。これからネガを取り出すからね。高校生活、頑張ってね」
「ありがとうございます」
 暫くして、私は少年に写真を手渡す。少年は、それを受け取ると頭を下げた。あなたの横を通り過ぎ、店を少年は出て行った。からんころん。
「このカメラはね、こうやって多くの人を送り出したんだよ。凄いよね、お爺ちゃんと私の誇り」
 あなたは、椅子に座ったまま、店内の写真を見渡す。その中には、私の進学祝の写真。お父さんとお母さんの結婚式から、何から何まである。
「凄いよね」
 あなたは、一度頷いてくれた。
「ふふん♪」
 また、音が響く。からんころん。
「いらっしゃい、鈴峰写真館へ。今日は何の用事かな?」
 入ってきたのは、二人のカップルだった。
 お互い手を繋ぎあって、少し緊張気味だった。
「あの? ここって結婚写真とかお願いできますか?」
 男の人が、そう言ってきた。


58 : ◆Qvzaeu.IrQ :2006/06/25(日) 19:08:59.20 ID:+hQOjtVi0
「はいよ♪ 出張という訳にはいかないから、こちらに来ていただければ」
「解りました、また来ます」
 そう話すと、男の人は女の人に何事か話しかけた。
 女の人は柔らかに微笑んで、私に
「ありがとうございます。お父さんが、ここで結婚写真を撮ったんですよ。私も同じ場所で撮りたいなって思っていたんです。では」
 そう言って、二人は頭を下げてお店の外に出て行った。
 からんころん。
「いいねー、幸せ絶頂って感じ」
 私は、おんぼろのカメラを眺める。店内の木のにおいが、凄く心地よかった。
「カメラが写し取るのは、その場所じゃないんだよ。一番良いときを写すんだ。幸せの瞬間、旅立ちの瞬間。このカメラは、何人もの幸せを撮ってくれたんだよ」
 私の話を、貴方はただ黙って聞いてくれた。
「あなたのことも、撮ってあげようか? 何か、これからの先、良いものの為にさ」
 そう言うと、あなたは手をふった。そして、席を立ち上がる。
「もう、帰るのかな」
 あなたは、答える代わりにドアノブに手をかけて、小さく会釈した。
「まあ、また暇なときにでもおいで。幸せの瞬間を今度も、見せてあげるから」
 貴方は、不器用に微笑んで、外に出て行った。
 カウベルの音色が優しく響いた。からんころん。

おしまい。



BACK−カメラ◇3Bj3rS0gO  |  indexへ  |  NEXT−パパ◆oGkAXNvmlU