【 しもつかれ人形 】
◆5L5QmpzYac




210 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:35:13.18 ID:jxyRTT6Y0
「・・・・・・つかれ・・・・・・。」
「・・・・・・けて・・・・・・。」


211 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:35:52.48 ID:jxyRTT6Y0
 僕には変な声が聞こえる。
 たとえば授業中。
リスニングをやっているのに何言ってるかさっぱり分からない。
英語の成績は赤点に王手がかかっている。
 たとえば給食の時間。
「今日のメニューは、しもつかれ、しもつかれ、しもつかれ、しもつかれ、しもつかれの5つです。」
毎日これだ。もちろん給食のメニューはしもつかれではない。
 たとえば電話をしている時とき。
何を言っているのか分からないので、応答も出来ずにきられてしまう。
最近は電話すらかかってこない。
友達は次第に僕を避け始めていた。


212 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:36:29.80 ID:jxyRTT6Y0
 あるとき、テレビで奇跡体験の特集をやっていた。奇跡だとかそういう類のものはあまり信じない
人種であったが、これだけの事が起こっていると流石に信じざるを得なくなってしまう。
 毎年同じ日に雷が落ちる人。心配機能停止から一時間後に生還した人。給食のメニューがしもつかれ
ばかりに聞こえる人。様々な奇跡があるものだなと軽々しく思っていた。
 ふと、文章を思い直してみた。
給食のメニューがしもつかればかりに聞こえる人。って僕のことじゃないか。
僕はテレビ局の取材を受けていない。なのにどうして僕のことをテレビで放送しているのだろうか。
しもつかれの事例の部分だけ、何も思い出せない。
自分がテレビデビューをしていたかもしれない記念すべき瞬間だったのに。
まぁいいか。明日友達に聞いてみよう。ひょっとしたらビデオに録画しているかも知れない。
 ほかにやることも無かったので、その日はいつもより早く寝た。


213 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:36:54.34 ID:jxyRTT6Y0
 2時間番組だったので、誰か一人くらい見ているだろうと思っていたが、誰も見ていなかったらしい。
しかも話を聞いてみると、その日僕が見ていたチャンネルでは野球がやっていたそうだ。
別に僕の家はロシアからの電波を受信出来るような場所に建っていない。
でもなぜ、僕の家だけ違う番組がやっていたのだろう。
話をしていた友達は、そのことを半疑していたようで、すぐに噂好きの奴に話していた。
そして、噂はクラス中に広がっていった。
 さらに僕は避けられる存在となっていった。


214 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:37:41.13 ID:jxyRTT6Y0
 下校途中、背後に違和感を感じ取った。振り返る。しかし、後には誰も居なかった。
そして、またあの声が聞こえ出した。
「・・・・・・もつかれ・・・・・・。」
「・・・・・・すけて・・・・・・。」
いつもよりはっきりと聞こえた気がした。
「もつかれ」はいつものしもつかれだ。言っておくが、ここは決して栃木ではない。
もう1つは、今まで「けて」しか聞こえなかったが、何だろう。
 透けて なぜ僕が透けなければいけないんだ。まだ死にたくないのに。
椅子蹴て 「っ」が無い上、蹴ったところで静寂感が辺りに現れるだけだ。
 煤けて これ以上焼く必要は無い。十分黒い。
 助けて

 そうか。これは助けてを意味しているのか。
しかし、助けてが分かったところで何をどのように助ければいいのか分からない。
煤けつつある道を再び歩き始めた。


215 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:38:04.37 ID:jxyRTT6Y0
「明日はゴミの日だから、玄関に出しておいてね。」
 高めの母親の声に、空ろだった魂が戻ってきた。
やることもないので、ゴミ箱のゴミを袋に入れ始めた。
ざっと一ヶ月分か。そういえば、変な声が聞こえ出したのもたしか一ヶ月くらい前だったと思う。
丸まったティッシュばかりのいつもと対して変わらないゴミ箱の中身に、多少嫌気がさしていた。
 底の青色が見えそうだったそのとき、一段と大きい声であの声が聞こえた。」
「しもつかれ。」
「たすけて。」
 ゴミ箱の底には、一体の薄汚れた人形がへばり付いていた。
母親が僕の部屋を片付けていた日に亡くなったと思っていた人形だった。
この人形は昔、幼馴染のある女の子から引越しをするときに、
「私の代わりに持っていて。絶対取りに戻ってくるから。」
といわれ、受け取った人形だった。
「倅(せがれ)。お友達が来てるわよ。」
窓を開け、のめり出てみると、そこにはテレビの事を教えてくれた友達がいた。


216 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土) 20:38:52.31 ID:jxyRTT6Y0
「今日電話があったんだ。」
友達は、暗い表情で淡々と話し始めた。
「6年前へ引っ越していった、アイツ覚えてる。」
「あぁ。この人形を置いていったけどな。」
「実はな、アイツ今日死んだんだって。今さっき。」
「!!」
「三日前、事故にあったらしくてな、今日まで生き延びていたのが奇跡だという位の怪我だったんだって。」
「・・・・・・」
「葬式、どうする。」
「行くよ。この人形を返さないとな。」
「そうか。じゃあ連絡しておくよ。」
そういって、友達は帰っていった。
部屋には一人、呆然と正座をしている僕がいた。

239 :お題「ことば」 題名「しもつかれ人形」 ◆5L5QmpzYac :2006/06/17(土)23:19:55.49 ID:jxyRTT6Y0
 次の日、転校生が来たそうだ。僕は人形を返すためにアイツのところへと向かっていた。
 転校生の名は七島 皐(さつき)らしい。メールで知ったので詳しくは分からない。僕が言っているアイツも、皐という名前だ。これはただの偶然なのだろうか。
 この人形は、フランス人形らしい。女の子の嗜みはよく分からないが。洗えばそれなりに綺麗になるだろう。最も僕が洗濯するわけにはいかないけど。
 とか言っている間に、式場に着いた。が、亡者の名を見ると、明らかに皐ではなかった。
「え。死んだのって皐じゃねぇの?」
 友達にさり気なく聞いた。
「どうもおかしいと思ったよ。男のクセして男に薄汚れた人形を残していくなんて。」
 皐が死んでいなくて安堵していたが、内面傷ついていた。

 葬儀を終えると、親御さんが昼飯を出してくれた。とはいっても、ごはんとしもつかれだけだが。二人で黙々としもつかれを食べていた。
 途中、友達がしもつかれを人形に食べさせようとしていた。フランス人がしもつかれを食べてもいいものなのか、疑問に思っていたが、まぁ別に死にはしないだろう。
「あ、そういえばさぁ。今日来るはずの転校生ってさ。」
話を切り出したのは僕だった。
「あぁ。お前が死んだと思ってた皐だよ。」
「あぁ。やっぱりか。やっぱり皐だったか。ははは・・・・・・。」
 僕の時計は、ここで止まった。

 人形のコトバに気づくことは、もう無い。

 なぜなら、僕はもう、人形に逢えないから。

 皐に逢うことも、もう無い。

 なぜなら、僕はもう、生きていないから。

「しもつかれ、きらい、たすけて、そうだ、あなたのちで、いにながしこもう・・・・・・。」

 完



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