【 永名 】
◇NLLtXC6f0




187 :お題「ことば」 題名「永名」:2006/06/17(土) 14:42:51.87 ID:NLLtXC6f0
しばらく、記憶が飛んでいた。暗闇の中、必死に叫ぶ声が、僕の耳に響いてきた。


目が覚めた時、僕はベッドに寝かされていた。
真白な壁、独特の臭い、そこが病院の中だと気付いたのは、そんなに長い時間ではなかった。
目の先には、丸い蛍光灯が一つ。起き上がろうとしたけど、背中に激痛が走り、起きるのを止めた。
しばらくして、母親が自分の着替えを持って、病室の中へと入ってきた。
いつもと変わらない質素な服。違うのは、母親の目が悲しみに満ちているぐらいであった。
母親は近くの椅子に腰掛け、着替えを抱えたまま僕に話しかけた。
「覚えてる?あなたが学校の帰り道・・・」
僕はあえて聞かないふりをした。覚えている。けど、思い出したくない。
何故か、その思いが体の中を駆け巡った。何故だろう、僕は思った。
「お母さん・・・喉湧いた。」
「分かったわ。ただ、この病院に自販機がないから、近くのコンビニで買ってくるから、ちょっと待っててね。」
そう言って、母親は棚に着替えを置いて、ゆっくりと病室を出て行った。
その間、僕は事故の全容を思い出そうとした。
そう、僕が中学校の校門を出て、いつも通っている道の端を、自転車で漕ぎながら帰っていた。
三つ目の信号を右折しようとした途端・・・そこから思い出せなくなった。
おそらく、そこで車と接触したのだろう。記憶が戻ったときには、既にこのベッドに寝ていた。
可笑しい、思い出したくないのに、勝手に頭の記憶が、僕の目の前に現れたように思えた。
僕は顔に笑みを浮かべ、窓の外を眺めていた。外には一輪の菊の花が咲いていた。


188 :お題「ことば」 題名「永名」:2006/06/17(土) 14:43:15.18 ID:NLLtXC6f0
「・・・?」
ふと振り返った。
地面には、スケッチブックのような本が落ちていた。一瞬、よく本が落ちる音が聞こえたなと思った。
しかし、それよりも驚いたのは、少し視線を上に向けた時だった。頭を包帯でぐるぐる巻きにした少女が、ぼーっと本を見ていた。
驚いた。その子の目は、何故か夢を永遠と語り継ぐような、素晴らしい瞳を持っているように見えた。
その瞬間、僕はベッドから降りた。背中の激痛は、何故か感じなかった。
スケッチブック風の本を手に取り、少女に手渡そうとした。
「落としたよ?この本、君のだよね。」
少女は答えなかった。
恥ずかしがりやなのか?その少女は黙って本を手にとり、何かを書いた。
スケッチブック風の本の中は白紙だった。そこに一文字一文字、一生懸命に文字を書いている。
少女は必死みたいだが、もし自分が少女なら、既に書き終えてもおかしくない時間だった。
僕は不思議に思った。もしかして何か病気なのか?そう思った。
しばらく考えようとベッドに座ろうとしたとき、その少女は本を手渡してきた。
僕はスケッチブックを受け取り、中にある文字を読んだ。
『実は私、病気で声が出ないの。だから、こんな形でお礼させて下さい。拾ってくれてありがとう』
衝撃が体の中を駆け巡らした。
その文字の一文字一文字は殴り書きであるものの、必死に書いた痕跡がいくつもある。
そんなに重い病気なのか、そう思って彼女の顔を見る。笑顔。天使の微笑みだった。
「・・・そう・・・なんだ。そうは見えないけどね。」
僕も笑った。どう言えば良いか分からなかったが、何とか出した言葉がこれだった。
すると、少女の口がわずかに動いた。口の動きからして、「み」と言おうとしているのだろう。
悲しみが出てきた。見たところ、まだ年が二桁もいってなさそうな子供だ。
愛らしいく、可愛い顔をしているが、無邪気な顔とも言える。
僕は黙ってスケッチブック風の本を返して、向き合いながらベッドに寝た。



189 :お題「ことば」 題名「永名」:2006/06/17(土) 14:45:26.77 ID:NLLtXC6f0
数分後、彼女の親らしき人が現れたが、親ではなかった。どうやら、彼女の親戚のようだ。30代くらいの若い男だ。
その男は、少女のスケッチブック風の本を眺めていた。
僕はベッドからその様子を見ていた。男は本を見ながら、少女に話しかけている。
すると少女が、僕の方に指差した。それを見た男が僕の方をへと歩み寄った。僕のベッドに近づくと、カーテンを閉め、椅子に座って僕に話しかけてきた。
「姪のお世話になったようですね。ありがとうございます。」
そんなに世話してないよ、僕はそう思った。姪ということは、この男は少女のおじさんのようだ。
僕は今まで気になっていた、少女のことについて尋ねることにした。僕は一瞬ためらったが、思い切って言うことにした。
「あの・・・あの子の病気って・・・」
少女のおじさんは急に悲しい顔をした。
まずいことを言ってしまったのか、僕は謝ろうとした。しかし、彼は口を開けて言った。
「あの子の両親は、交通事故で亡くしました。親戚である私が引き取りましたが、すぐに、彼女は病気になりました。急性の白血病・・・らしいです。」
白血病と聞いて、僕はショックを受けた。
それじゃあの頭の包帯は・・・僕はそれ以上考えることをやめた。僕は嘘だと思った。
だって、彼女の笑顔は、病気の顔とは思えない。微風が部屋の中へと吹き込む中、静かな時間が流れた。
「・・・それでは私は仕事があるので、これで・・・」
少女のおじさんはカーテンを開け、急いで病室を去って行った。
カーテンを開けた先には、少女がきょとんとした顔で、僕の顔を見ていた。
僕は再びベッドから降り、彼女のベッドへと向かった。けど、僕は彼女に何を話すのかは考えていない。何となく、体が動いたのだ。
「えっと、名前何だっけ。」
下らない質問だ。けど少女は手元にある紙とペンを使って、名前を書いた。
さすがに名前はすぐに書けたらしく、数秒ほどで書き終え、僕に見せた。
『のぞみ  姫元のぞみ』
珍しい名前だった。僕は納得したことを伝えるため、首を縦にふった。


190 :お題「ことば」 題名「永名」:2006/06/17(土) 14:46:39.45 ID:NLLtXC6f0
すると少女は再び紙に何かを書き始めた。その内、僕は少女が何を書いているのか、気になってきた。
さっきよりは少し時間はかかったが、再び少女は紙を僕の方へと見せた。
『お兄ちゃんの名前は?』
予想通り、そう思った僕はすぐに答えた。
「大村 一輝」
すると少女は、再び口を開けた。今度は僕の名前を言おうとしている。
何故か心の中で「がんばれ!」という気持ちになった。彼女は病気、言葉が出ない。
僕は今でもそのことが嘘だと思っている。少女は、今まさに元気な姿でここにいるんだから・・・・



「・・・・・・・・・か・・・・・・・ずき・・・・・・」
血の気が引いた。耳を疑った。今喋らなかったか?
「え?今何て?」僕は血相を変えて言った。
「・・・・かずき・・・・・おにいちゃん・・・」
少女は笑った。いや、泣き顔に近かった。嬉しかったのであろう。僕も泣きそうになった。嘘だと思っても、無理だとは思っていた。少女が僕に抱きついた。嬉しくて、嬉しくて・・・・僕も彼女の顔を撫でた。その無邪気な顔は、救われた天使のように、微笑ましかった。



191 :お題「ことば」 題名「永名」:2006/06/17(土) 14:48:02.67 ID:NLLtXC6f0
翌日、少女は永遠の眠りについた。
急に血脈の白血球が異常発生し、彼女を死へと導いた。彼女の笑顔は、もう見れない。
僕の目の前には、スケッチブック風の本と、空っぽになったベッドのみ。他には何もない。誰もいない。
僕はこっそりと、スケッチブック風の本を開けた。そこには僕も気付かなかった、彼女の書いた「言葉」があったのだ。
そこにはこう記されていた。
『いつまでも、私のお兄ちゃんでいてくれますか?』
僕はなに言わず、近くにおいてあった少女のペンをとり、そのスケッチブック風の本に書いた。
「もちろんいいよ、のぞみ。」
彼女は今、本物の天使となっている。
            〜終〜



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