【 本日の講義 】
◆ZEFA.azloU




11 : ◆ZEFA.azloU :2006/06/13(火) 00:04:32.35 ID:xeZFQQD50
品評会お題:食べる   『本日の講義』

「ねぇ、食べるって事は凄く大事な事だと思わない?」
「……今日のお題は『食べる』について? ヒロ君」
 購買で買ったのであろう卵サンドを机に置きつつ、ちーちゃんが溜息をついた。
「あのねぇヒロ君、仮にも私達は恋人なんでしょう? せっかくの昼休みに、どうしてそんな話題かなぁ」
 不満げに声を漏らすちーちゃん。やや大きめなその声に、周囲の人達が一斉に抗議の視線を向ける。
「ちょ、ちーちゃん……声、大きいって。ここ図書室」
 あっと小さく声を漏らし、ちーちゃんは頬を染めてうつむいた。
 心なしか、背中に突き刺さる視線の中に若干の嫉妬が混じったように思えた。
「ご、ごめん……でも、ヒロ君だって悪いんだからね」
 抗議の視線から解放されたのを見計らい、ちーちゃんが僕をつついた。
 ――そんな事言うなら、何も飲食禁止の図書室でわざわざ昼食を取らなくても良いじゃないか。
 そう言いたいのをぐっと堪えて、ちーちゃんの隣の席に腰掛けた。
「まぁ、確かにちーちゃんの言う通りかも知れないけどね。でもさ、食べるって大事な事だと思わない?」
 しつこく食い下がる僕の姿勢に諦めたのか、ちーちゃんが苦笑いを浮かべた。
「はいはい、分かりましたよ……確かに食べるって事は大事だと思うわよ」
「どうして?」
 僕の質問に、ちーちゃんが笑みを浮かべた。毎日昼休みになると行われる、いつもの問答。彼女も慣れてきたのだろう。
「そう来ると思った。最初に言われたときから、ずっと考えてたもん。まず、人は何かを食べなきゃ生きていけない。
 えと、それにほら、美味しい物食べると元気になるじゃない? 人間にとって、食べるって事は楽しく生きる手段なのよ」
 どうだ、と言わんばかりの表情を浮かべるちーちゃん。得意げに胸を張るその仕草が可愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
「うん。この質問は人それぞれに答えがある物だから、それで大正解だよ。よくできました、ちーちゃん」
 頭を撫でてあげると、ちーちゃんは眼を細めて微笑んでくれる。いい子だと褒められて喜ぶ、小さな子どもの様に。
「えへへ……」
 その姿が愛おしくて、いつまでも撫でていたくなる衝動に駆られる事もしばしばだが、今日はまだ言うべき事があった。
 ちーちゃんの頭からそっと手を離す。ん、と少し残念そうな声が聞こえた。
「でね、ちーちゃん。僕は思うんだ。人間は、食べる事について色々研究したから、今があるって」
「……んー、どういう事?」
 事務員さんの位置を確認しつつ、ちーちゃんが卵サンドを口に運ぶ。


12 : ◆ZEFA.azloU :2006/06/13(火) 00:05:06.53 ID:xeZFQQD50
「昔、人間は一日の大半を食糧の確保に費やしてたのは知ってるよね?」
 卵サンドを口に入れたまま、ちーちゃんが頷いた。それを確認して、僕は続ける。
「で、ある時、獲物が余ったから洞窟に吊しておいた。数日後、偶然にもそれが薫製になったんだ」
「ビーフジャーキー?」
 会話に参加できそうな部分を見つけて、ちーちゃんがすかさず声を上げた。
「うーん……そんな感じ、かな? まぁ、とにかくその時に食糧を保存するって技術が生まれたんだよ」
 二つ目の卵サンドをくわえつつ、ちーちゃんが頷いた。真剣な表情だが、話はちゃんと頭に入っているのだろうか。
「で、食糧が保存できた事によって、時間に余裕が生まれる。そこから、文明が発達していったんだ。
 食べるって事は凄く大事だけど、そればっかり気にしていても、何も発展していかない。難しい所だよね」
「……んー、何だか今日のヒロ君の話は、何となく分かった様な気がする」
 卵がついた口元をぬぐいながら、ちーちゃんが呟いた。
「要するに、一つのことばかり気にかけてたら何も変わらないって事でしょ?」
 そんな感じかな、と僕は頷いた。と、それと同時に手を引っ張られた。
「じゃあ、今日のヒロ君の講義をさっそく実践しに行こうよ。どこに行こうか? 映画館も良いし、洋服屋さんも……」
 強引に僕を引きずりつつ、ちーちゃんが楽しそうに喋りかけてくる。
「えっ、ちょっ、待ってよちーちゃん。どこ行く気なのさ? それに僕、まだお昼食べてないし」
 しかし僕の声は無視され、図書室を出た所でやっとちーちゃんはこちらを振り向いてくれた。
「食べる事ばっかり考えてても、何も発展しないんでしょう? それに、今は食糧なんてどこででも手に入るよ」
 満面の笑みを浮かべるちーちゃん。何だか、悪戯を思いついてワクワクしている子どもの様な印象を覚えた。
「まぁお昼は良いとして、まだこの後三限目の講義が残ってるでしょ? 映画館とかには行けないんじゃない?」
「講義に出て寝てるよりは、私はヒロ君との関係を発展させたいと思います」
 びし、と指を突きつけて、ちーちゃんが僕を見つめた。
「……これは、一本取られたかな」
「先生の教え方が良いからね」
 ふぅ、と溜息。握られていた手をそっとほどいて、ちーちゃんの手をしっかり握り直す。
「今日は、降参」

 ――さて、一体どこに行けば良いものか。
 初めて講義をサボる背徳感。デートという緊張感。
 様々な感情を一度吐き出してしまうべく、僕は再び、大きく息をついた。 (了)



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