【 loop 】
◆EKateQIsT6




3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/06/12(月) 23:59:03.36 ID:HS9XlspNO
観覧車はゆっくりと回っている。
様々な色に変化し自己主張を繰り返すそれは夜の暗闇の下では、この世のものとは思えないぐらいとても幻想的に見えた。

世の中には恐ろしく高級で贅沢で、そして、高価なホテルがある。
そしてここはそんなホテルの最上階のレストラン。
ステージの上ではピアノが演奏されている。
そして、僕の前には美しい女性が座っている。
湯気がたちのぼる目の前の仔牛のソテーを切って、口に入れる。

何回も噛む。おいしいんだ、おいしいはずだ、と思いこもうとしたが、僕の舌は何の刺激も感じなかった。まるで粘土を食べているような感覚。

その昔から「食べる」ことは義務であったはずだ。その義務を無視すればあっけなく死は訪れる。言うなれば、生きていくためには無視できない義務。
しかし、今の人間達は「食べる」ことを娯楽に変えた。
美しい夜景を見て、素敵な音楽を聞き、美しい女性とともに食事をする。
本来ならこんなに素晴らしい食事はないはずである。
しかし、僕にとってはどんな状況の食事も苦痛でしかない。

ある日僕は唐突に「食べる」ことができなくなった。
それは本当にいきなりで、その事実を一番信じられなかったのは自分だった。

ただ噛み砕き、呑み込む。永遠なる単純作業。
死ぬまでにいったい後どれぐらいこの作業をくりかえさなければならないのか。

「何を考えているの?」
美しい声が僕を現実に引き戻す。
「いや、何でもない。気にしないで。」

窓の外では観覧車は止まることなく回りつづけている。



BACK−ひそかな食事◆X3vAxc9Yu6  |  indexへ  |  NEXT−本日の講義◆ZEFA.azloU