【 男の食事 】
◆oGkAXNvmlU




296 : ◆oGkAXNvmlU :2006/06/12(月) 15:38:08.88 ID:LBSTABWF0

男は、幾多の山を越え、川を渡り、世界を旅し続けていた。しかし三日前に食料が尽き、水もあとわずかしか残っていない。死は黒い陰となり、男の体中に纏わり付いているようだった。
自らの体を運ぶ一歩が、希望へ近づく唯一の手段であり、同時に死へのカウントダウンのようだ。男はそう思いながら、足元の石と砂の道を、ゆっくりと進んでいった。

どれくらい歩いたか、岩石だらけの丘を越えたとき、眼前に広がる平地に男は町を見付けた。町は壁でぐるりと周囲を守り、大きな門は閉ざされていたが、その中に立ち並ぶ家々は、豪華で、町の豊かさを象徴している。
天の助けとばかり、男は歩を進め、ついに門の前までたどり着いた。
「止まれ!貴様、何者だ!」
言葉と同時に、男の足元に矢が突き刺さり、男は驚いて上を見上げる。見張りの兵が数人、弓を男に向けて引き絞っていた。
「私は旅の学者です。食料が尽きてしまい、いつ死ぬともわかりません。どうかお恵みをいただけませんでしょうか。」
男の願いに、兵は暫し話し合うと、そこで待つようにと男に告げた。
門の横の壁にもたれかかり、男は背負っていた汚い袋を広げ、なにやら文献や器具を弄りながら、兵の言葉を待っていた。
日が暮れ、星が空を彩っても、兵からは何も言葉は無く、門も開くことはなかった。男はしばらく器具を弄っていたが、最後の水を口に含み、空腹を紛らわすべく眠りについた。


297 : ◆oGkAXNvmlU :2006/06/12(月) 15:39:26.08 ID:LBSTABWF0

朝日が昇り、その光が男の浅い眠りを妨げ、男は目を開いた。見張りの兵は相変わらず、自分を見えない空気のように無視している。
「いつになったら門は開くのだ?」
男は力なく擦れた声で問いかける。
「今日、評議会が開かれる。それまで待て。」
男はガックリと肩を落とし、また器具を弄り、文献を開いた。

日が天頂に辿り着いた頃、兵が残念そうに口を開いた。
「旅の学者よ、評議会は開門を否決した。」
「そうなると、私に残された道は一つしかない。」
男の声はか細く、兵に届いているか不安だったが、かまわず続けた。
「最期の願いがある。その評議会の議員達をここに連れてきてはもらえぬか?」
兵は少し戸惑ったが、その願いを了承した。
「この町の権力者達ゆえ、全員は連れてこられないかもしれないが、なんとか努力しよう。」



298 : ◆oGkAXNvmlU :2006/06/12(月) 15:39:47.96 ID:LBSTABWF0
間もなく、数人の派手な衣装の議員達が見張り台から顔を覗かせた。
「何用だ、旅の学者、私達はお前を町に入れる気は無い。どこぞで野垂れ死ぬが良い。」
男は最期の力を振り絞り、スッと立ち上がると、議員達を見上げ、声を絞り出した。
「権力者達よ、私はひどく腹が減り、もう死が目の前まで迫っている。」
それがどうした、と言わんばかりに議員達は肩をすくめた。
「お前達の有り余る食料を、ほんの少しも分け与えてくれないのならば、私はお前達の大事なものを食べるしかないようだ。」
男は天を指差すと、議員達はその方に目を向ける。
「うまい、うまいなぁ!」
男は大きく笑い、口をモグモグと動かした。
議員達は気が触れた男にかまっている暇は無いと、踵を返そうした時、兵の一人が呟いた。
「た、太陽が食べられています……。」

太陽はどんどんと欠けて半分ほどになり、当たりは急速に薄暗くなる。議員達はパニックを起こし、どうかこれ以上食べるのを止めてくれと、男に懇願した。
男が口を動かすのを止めると、太陽は徐々にその形を取り戻し、安堵した議員達は食料と水を男に提供することを約束し、門は大きく開かれた。

それ以来、門は閉じることなく、町は外の文化と知識を取り入れ、発展を遂げたと伝えられている。



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