【 Monstrous Dreams 】
◆2LnoVeLzqY





245 :Monstrous Dreams ◆2LnoVeLzqY :2006/06/12(月) 02:22:09.20 ID:Cm4yuuWi0

ヤギが紙を食べるなんて漫画の中だけの話だと思ってたから、最初は驚いた。
よく考えれば紙はもともと植物の繊維から出来ているんだから当たり前の話なんだけれど。
目の前でヤギが僕の答案を食べている。いや、僕がヤギに答案を食べさせている。
コピー用紙はおいしくなさそうだな、わら半紙は柔らかくて食べやすそうだな、なんて考えみる。
けれど、それじゃまるで僕の方がヤギみたいだ。
このテストでもう少しいい点を取れたなら、もうちょっと上の大学を狙ってみようかな、なんて甘い夢を抱いていたけれど、
それもあっさり砕かれて、その夢のかけらはヤギの胃袋に収まっていった。

中学時代のいいかげんさが災いして高校受験の荒波の前に屈した僕は、結局、田舎の私立高校に漂着した。
僕がいるのは普通科だけど、農業だか獣医だかのコースも開設しているこの高校には、授業用の家畜動物が数種類飼われている。
目の前にいるヤギもその中のひとつだった。
興味本位で一回テストを食べさせてからというもの、食べさせたい紙があればヤギの小屋へと通っていた。

学校全体は、とにかく無気力感を漂わせていた。田舎の私立なんてどこもそんなもんなのだろう。
その雰囲気と風潮に僕も順当に染め上げられて、やる気とか努力なんて美麗な言葉は日を追うごとに頭から抜け出していった。
高校受験に失敗するまでは、僕にもそれなりに明確な夢があった。
夢といっても、それなりに良い高校に入って、良い大学に入って、良い企業に入るなんていう人並みのものだったんだけれど。
でもそれは、現に僕の父親が叶えていて、そして彼はいつも幸せそうなのだ。
なのに、こんな高校に流れ着いた今になっても僕はその夢を忘れられず、「このテストで良い点が取れたら、レベルの高い大学を狙ってみよう」なんていつも思う。
でもそれはつまるところただの夢で、そんな夢のかけらは結局ヤギの栄養分に変わるだけなのだ。

今日も僕はテストを持ってヤギのところへやってきた。
このヤギは餌のつもりで紙を食べているのだろうけど、その紙は本当は僕の夢のかけらなのだ。
でもこのヤギも、本当はそれをわかっていて食べているのかもしれない。
そう、実はヤギは仮の姿で、本当は人の夢を食べる怪物なのかもしれないのだ。
その怪物は人の夢を食べて、そして食べられた人はきっと無気力になってしまうのだ。
でもそれじゃぁ、このまま僕だけがどんどん無気力になってしまうんじゃないだろうか。
そんなことを考えていた僕の前で、ヤギはのんきにテストを食べていた。


246 :Monstrous Dreams ◆2LnoVeLzqY :2006/06/12(月) 02:23:29.67 ID:Cm4yuuWi0
三年に入ってすぐのころ、進路希望調査があった。
僕は健気にも、この県で一番の大学の名前を第一志望に書いておいた。まだ怪物に夢を全て食われたわけじゃないようだ。
他の奴らはどんなことを書くんだろう。クラスの三分の一以上はセンターなんか受けないんだろうな。
提出した時に担任が僕の調査票をちらっと見て、放課後に職員室に来いと言った。やっぱり第一志望がマズかったんだろうか。

放課後に職員室に行ってみても、担任はいなかった。緊急の会議にでも出てるのだろうか。
念のために職員室内の担任の机を見ても、僕への書き置きみたいなものは見当たらなかった。
けれど、僕はその机の上のあるものに目が留まった。そう、クラスの進路希望調査票だ。
僕のことを誰も見ていないのを確認して、僕は素早く全員分の調査票をカバンにしまうと、職員室から逃げ出した。

その足で、僕はそのままヤギのもとへ向かった。
試しにカバンから数枚ほど調査票を取り出した。わら半紙刷りのそれらを、ヤギはおいしそうに食べてくれた。
これで、食べられた奴らは僕と同じように夢を失っていくのだ。
ただでさえ腐った高校の、腐った生徒の腐った夢かもしれないけれど、ヤギの姿をした怪物はおいしそうにそれを食べて、そうしてどんどん力をつけていくのだ。
力をつけた怪物は何をするんだろう。いや、もともと目的なんてないのかもしれない。
この社会だってそんなもんなのだ。この社会で、力をつけることは目的じゃくて手段なのだろう。
目的を失ったって社会はどんどん成長する。社会という名の怪物だって、人の夢を食って成長しているのだ。

そうして三年の夏が来た。
夢を食われたクラスからは、ますますやる気が感じられなくなっていた。
それでも日々は過ぎていって、僕はそれなりに女の子と仲良くなってそれなりに、そしてとっても好きになって、そうしてその子に告白した。
返事はすぐに返ってきて、そしてそれには「よろしくね」と書いてあった。僕と彼女は付き合うことになった。
ヤギの姿をした怪物も、携帯のメールを食うことはできなかったのだろう。

それからの毎日は、今までの毎日じゃなくなった。淀んだ世界の中に、僕を導く一筋の光が見えた気がした。
二人で一緒に勉強もした。食われて粉々になったはずの僕の夢は、またもとの形を取り戻し始めていた。
だけど、怪物に夢を食われたクラスはあれからどんどん腐りつづけているように見えた。
腐敗した雰囲気から抜け出した僕には、それががますます顕著に見えた。
センター試験はあと二ヶ月後に迫っていた。先生達は呆れと怒りを交互に述べていた。
夢を食われたクラスの奴らは卒業したらどうするんだろう。社会に出て、また夢を食われて、残りかすになって、一体何を感じるんだろう。


247 :Monstrous Dreams ◆2LnoVeLzqY :2006/06/12(月) 02:24:24.10 ID:Cm4yuuWi0
放課後、僕はヤギの小屋の前に立っていた。小屋の鍵は簡単なつくりだったので、針金ですぐに開いた。
そうして小屋の戸を開けた。ヤギの姿をした怪物は、素直に小屋の外へと出てきてくれた。
僕が高校の裏手の森の方へ歩き出すと、ヤギは僕についてきた。
この森はそのまま山へと続いている。ときどき木の葉の間から見える空は真っ赤に染まっていた。
ふと、開けた場所に出た。目の前には登山道の入り口を示しているらしい看板がある。
人が通ることはほとんど無いのだろう、草が生い茂って道の見分けがつかなくなりつつある。
僕は立ち止まった。ヤギも立ち止まって、周りの様子を伺っているようだ。
僕も周りを見渡してみた。この場所は開けているけど、人目につくことはなさそうだ。
ふとヤギに目を向けると、彼は生えている草を食んでいた。
そこにいるのは夢食う怪物などではなくて、紙でも構わず食べてしまう普通のヤギだった。
僕はヤギに背を向けて歩き出した。彼はもう、僕についてこなかった。

だんだんと、クラスの様子は見違えるようになっていった。
腐敗した雰囲気はどこかへ消えつつあり、クラスを覆っていた無気力感もいつの間にかなくなっていた。
それから三ヵ月後、僕と彼女は無事に志望大学に合格したし、全体では例年以上の進学・就職率を記録して良かったと先生達も喜んでいた。
ヤギが一匹いなくなったというニュースは、最後まで普通科の生徒の耳に入ることは無かったのだった。

この出来事を思い出すたびに、僕は思う。
この世界にはきっとどこかに怪物がいて、見えないところでみんなを操っているのだ。
そして、みんなはそれに気付かないで毎日を送っているだけなのだ。
だけどそれは、もしかしたら身近にいるかもしれなくて、そしてもし気がつけば、何かが変えられるかもしれないのだ、と。



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