【 A Man and the Deads 】
◆2LnoVeLzqY




765 名前:A Man and the Deads ◆2LnoVeLzqY :2006/06/05(月) 00:13:03.24 ID:4fjRzK760

翌日、僕はクラスの全員から見下されていた。
むしろ、少なくともあの目つきはクラスメイトを見るそれじゃなかった。
近寄らないで、同じ空気を吸わないで。小学生の陰口で表現できそうな雰囲気が、僕に向けられた視線から感じ取れた。
夜のニュースの中で、隣の、そのまた隣の県で起こった殺人事件のことが報道されたのが前日のことだ。
そしてその時報道された容疑者が、僕の母と同姓同名だったのだ。
それから一晩経ってみればこのありさまだ。みんなの意見、いや視線を要約すれば、「殺人者の息子はうちのクラス、いや高校に来るな」ということなのだろう。

父と母は四年前に離婚しており、僕は父に預けられた。そのとき12歳だ。
結局それ以来は父と二人暮しで、今はこの町の高校に通っている。
そのニュースが流れた時、僕は父を晩御飯を食べていたけれど、父は表情を変えずに画面を眺めていた。
警察からも電話は掛かってきていないし、そもそもテレビで見た容疑者は僕の知る母とは似ても似つかなかった。

クラスで浴びせ掛けられた視線は、どう考えても誤解なのに。

僕はその日授業が終わるまで、クラスメイトからの視線に、言葉に、行動に、耐えつづけながら過ごした。
もともと気が弱い方だし、クラスでも目立つ方じゃなかった。つまりはいじめられやすい体質なのだ。
だからこそなのかもしれない。高校に入って僕をいじめから守っていた見えない壁は、誤解というほんのわずかな亀裂によってあっけなく崩壊した。
そうして守ってくれるものがいなくなった僕に向かって、クラスメイト達は待ってましたとばかりに集中攻撃を浴びせ掛けたのだ。
死ねとかキモイとか言われても、笑いながら蹴られても、一日で慣れたつもりだったし、机の中に画鋲が入っていても、一日で驚かなくなったつもりだった。
けれども放課後になって授業が終わって、みんな僕に汚い言葉を残しながら教室から出て行って、一人でぽつんと机に座っていると急に頭痛に襲われた。
そんな朦朧とする頭で今日の出来事を思い返そうとした。頭が思い返すことを拒絶した。
自己防衛本能の現れに逆らって無理やり思い出そうとした。頭の痛みがさらに増した。
そもそも僕の母の名前を知っているなんて、このクラスでも少数のはずだ。それなのに、その誤解は噂として、あっという間にクラスじゅうに広まっていた。
そう、あっという間に広まっていた。言葉は一定の条件を満たすと、まるで魔力でも宿したかのように伝染するものらしい。
誰もいなくなった教室で黒板を見つめながら、僕は復讐を思いついた。


766 名前:A Man and the Deads ◆2LnoVeLzqY :2006/06/05(月) 00:13:43.60 ID:4fjRzK760

朝起きたら父はもう出かけてしまった後だった。どうやら寝坊したらしいけれど、今からならまだ学校に間に合う。
学校に行きたくはないんだけれど、どうしても確かめなければいけないことがあった。
自転車登校は禁止だけど、今更そんなことを言っている場合じゃない。近くの公園に自転車を停めて学校へ向かう。間に合った。
クラスに入ってみると、予想通りの様子だった。つまりは大騒ぎだ。
何人かは僕に昨日と同じ視線−つまりは軽蔑と侮辱を込めたそれ−を投げかけてきたが、すぐに話の輪へと戻ってしまっていた。
クラスの騒ぎの原因は黒板にあった。そこには男とも女ともつかぬ文字で、「本日6:30に、市民会館の屋上からお金をばら撒きます」とだけ書いてあったのだ。
担任が教室に入る直前に生徒によって消された文字列を思い出しながら、僕は大満足で学校を早退した。
もちろんあの黒板の文字を書いたのは僕だ。昨日の放課後に書いたその文章は、予想以上の騒ぎを起こしてくれた。
それでは、誤解で僕を侮辱した連中に、それ相応の罰を受けてもらおうか。

早退してから6時半まで、僕は”準備”に追われた。
家ではパソコンとプリンタがフル稼働。その間に自転車で自然の多い公園巡りだ、なかなかの重労働だった。
なにも、あんな奴らにお金なんかばら撒いてやる必要なんか無いのだ。
僕のプリンタと公園巡りが生み出した”それら”を持って、六時二十分に市民会館の前に行ってみると、クラスの人数以上の集団が出来上がっていた。
たった数十分黒板に書かれていただけの言葉が噂を、そしてまた噂を呼び、結局僕らの学年の1/4ほどがここに集まったようだった。
そんな魔力に取り付かれた彼らを、道ゆく人は物珍しげに眺めて通り過ぎていく。
僕らの住んでいる市は小さなところだけど、市民会館だけはやけに立派なのだ。
四階建てで、地上から屋上まではおよそ十二〜十三メートルほどあるけれど、今日は風がないおかげで、屋上から落としたものも、ちゃんと下まで真っ直ぐ落ちてくれそうだった。
建物内に入り、四階の一番奥の、屋上に繋がる階段のドアを開ける。申し訳程度に立ち入り禁止と書いてあるけれど、鍵が掛かっていたことは恐らくないのだろう。
昨日確かめた時にも、もちろん鍵は掛かっていなかったし、いざとなったら壊してでも入るつもりだった。

幸いなことに、お金をばら撒く奴をこの目で見てやろうという物好きは屋上に来ていなかった。
ここに繋がる階段の場所を知らないだけなのかもしれないし、単純に落ちてくるはずのお金が欲しいだけなのかもしれない。
下にいる奴らに気付かれぬように屋上から顔だけ出してみた。結構な高さだ。
時計はちょうど六時半を指した。下が急に騒がしくなった。
それじゃぁばら撒いてあげよう。噂なんか信じちゃいけないと、君たちに教えるために。
まずは持ってきた鞄から、プリントアウトした写真を取り出した。
インターネットで入手した死体写真だ。わざわざカラー印刷までしてあげたこの親切を受け止めるといい。


767 名前:A Man and the Deads ◆2LnoVeLzqY :2006/06/05(月) 00:14:59.79 ID:4fjRzK760

適当に鷲掴みにして、宙に放った。空中にある間はお金と区別がつかないのだろう。下から歓声が聞こえる。
その間に、持ってきたビニール袋から動物の死体を取り出した。近頃は公園も綺麗に掃除されていて、いくつも回ったけれど拾えた数は十五にも満たなかった。
ちょうど死体写真がみんなの手元に舞い降りたらしい。ほどよく悲鳴が聞こえた。それじゃぁ本物の死体共にも突撃してもらおう。
軍手を嵌めて、小鳥とネズミを数匹放り投げる。大混乱の真っ只中に舞い降りた死体達は、悲鳴を絶叫に変えた。

その時、僕の携帯が鳴った。なんだよこんなときにいまいちばんいいときなんだ。
片手で死体写真を投げながら、表示されている番号を見た。父からだった。
父から掛けてくるなんて珍しい。思わず僕は通話ボタンを押してしまっていた。
通話口の向こうから、意外な言葉が飛び込んできた。
「一昨日母さんが逮捕されたこと、知っていると思うけど…」
初めは父が何を言っているのかよくわからなかった。理解するのにしばらく時間がかかった。
「警察の方から電話があって、母さんが父さんとお前に会って話がしたいと言ってるらしいんだ。これから時間あるか?」
母さんが逮捕された。母さんが逮捕された。母さんが逮捕された。あれは僕の母さんだったんだ。
「おい、聞いてるのか、おい」
僕は放心状態のまま電話を切った。
誤解なんかされていなかった。誤解していたのは僕の方だった。四年も経てば顔つきだって変わるのは当たり前なのだ。
僕は立派な殺人者の息子だ。解くべき誤解なんかなくて、クラスでの扱いが改善される見込みもなくて。
死体写真の残りが風に吹かれて宙に投げ出された。そして絶叫の渦の中に飛び込んでゆく。
僕に投げられなかった動物の死体の目がこちらを向いていた。

知らせを受けた会館職員が屋上に出た丁度その時、下から比べ物にならないくらいの絶叫が聞こえた。
驚いたその職員が顔だけ出して下を覗いてみると、地面には死体写真や小動物の死骸に混じって、1人の人間の死体が横たわっていたのだった。
屋上には、風に飛ばされることのなかった小動物の死骸だけが残っていた。



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