【 ウワサのイノチもななじゅうごにち 】
◆Vz4rVzpChA




643 名前:品評会「ウワサのイノチもななじゅうごにち。」1/4 ◆Vz4rVzpChA :2006/06/04(日) 10:03:51.55 ID:BK74/Gsg0
オレの名は「タカシとナナって付き合ってるらしいよ!!」だ。
今隣には「あのバーコード教頭が痴漢でつかまったらしいよ!!」という名の男が、アホヅラで昼寝している。

「あばッ!」
あァ、はしたないワッ!!、心の中で叫ぶ。
口が「ブンレツ」したから、なんか変な言葉を発してしまったじゃないか。
別に誰も聞いているわけじゃないから、何を言おうが構いやしないのだけれど。
あぁ、懐かしいこの感触。
まるで体の内側から中身が押し出されるようにして、オレからオレが出てくる。
オレが増える。オレの名を知る人が増える。
「……ひでぇなコレ。オレも年取ったもんだ」
増えたオレを見ながら、オレは呟いた。
片割れを残して、体がゆっくりと空にあがっていく。
オレが増えたのは久しぶりだった。
だから当然、酸素を吸うのも久しぶりのことで、胸いっぱいに空気を吸い込んでおく。
直後キレイな耳に吸い込まれて、オレは心への滑り台を一気に滑っていった。
若い頃はコレがおもしろくてダイスキだったはずなのに、この老体にはちとキツい。
オレが生まれてから74日目。
若者の心に住み着いているっていうのに、頬も垂れてきて、ろくに歩けもしないカンジだ。
言葉遣いだけこんなんで、あまりにバランスがとれてない。
まぁ、どうせ明日までの命、そう気に病むこともないのだけど。
滑り台の終わりが見えてくる、心だ。
ふと、懐かしいな、と思った。
その景色の中に、オレが居た。
滑り台の勢いに乗って、オレがオレに突っ込んでゆく。
「あばッ!!」
ふたつがひとつにくっついた。


644 名前:品評会「ウワサのイノチもななじゅうごにち。」2/4 ◆Vz4rVzpChA :2006/06/04(日) 10:04:27.27 ID:BK74/Gsg0
「マジでぇ!?アタシ知らなかったんだけどぉ!!」
「ウソぉ!!情報通のアンタがァ!?
 まぁ、アンタはナナとは親友だし、そっから噂がナナの耳に入ったら色々アレだからじゃねぇ?」
「何言ってんのよォ!!アタシ、そんなに節操のない女に見えるぅ!?
 協力してやるぐらいのやさしさはありますぅ!」
「節操とかいう言葉、似合わないんですけどー」
「うわ、ひでぇ!」
ケタケタ二人が笑った。
滑り台の直後でそれでなくても頭がクラクラしてるっていうのに、コイツらときたら…。
声が高すぎて、耳がキンキン鳴ってしょうがない。
「んじゃぁ、あたし帰るわ」
「じゃあねー」
ふぅ、とコイツは溜め息をついて、呟いた。
「知ってるっつの。噂流したの、あたしなんだからサ」
なるほど、コイツの中にオレがいたのは、そういうわけがあったのか。
…とわかった風に言ってみたが、オレはオレなので、当然コイツの中にオレがいることは知っていたのだけれど。
「しょうがない、最後の手段…」
そこまで言って、コイツが唇を噛み締めたのがわかった。


オレは、タカシのことも、ナナのこともそれなりによく知ってる。
何故って、その両方ともの中にオレがいるからだ。
二人は両思いで、そして二人とも、半端じゃなく奥手である。
ナナとコイツは親友で、コイツはナナに相談された。
で、コイツが考えた作戦が、このウワサ作戦。
―というのは、ナナの中にいて聞いた話。
その作戦は確かに、すごくいい作戦だった。
二人だけの機会も得られたし、手を繋ぐほどにもなった。
のに、二人とも「あっちはイヤって思ってるんじゃないか」って思い込んで、そこで二人とも一歩下がっちまったんだ。


645 名前:品評会「ウワサのイノチもななじゅうごにち。」3/4 ◆Vz4rVzpChA :2006/06/04(日) 10:05:10.58 ID:BK74/Gsg0
「ナナ」
「ん…?」
いつものように恋愛講座をしてから、コイツは切り出した。
「…ナナ、えっとだな。その、えっとだな。」
「なんか、珍しいね。そうやってどもってるの。」
えへ、と小さくナナは笑った。
「ナナ。あー、んとだな、タカシってさぁ、ナナのことが好きなんだってさ。」
ナナが笑ったまま固まったのが見えるような気がして、俺も笑った。
「もうフラれる心配はねぇぞ!?
 明日デートの約束とりつけてやったから、明日の五時に公園でだ」
あっけにとられるナナを放って、コイツは立ち上がった。
「じゃ、明日五時、公園で、だぞ」

見える。
コイツの視界が、オレにも見えている。
夕陽が差して、公園が橙色に光っていた。
多分、俺たちが死ぬときはみんなこんな感じになるんだろう。
ベンチに、タカシとナナが座っていた。
木陰で、コイツとオレはそれを眺めていた。
二人の声が聞こえる。
「えと、その、遅いねぇ」
「えっ、あ、うん」
ぎこちねぇな、そう呟いて、コイツは笑った。寂しそうに。
話題を失くして、二人は沈黙する。
コイツが、木の皮を強く掴む。ぱり、と小さな音がして、皮が少し剥がれる。
刺さって、血が出た。
風が吹いて、髪を靡かせる。
そして。


646 名前:品評会「ウワサのイノチもななじゅうごにち。」4/4 ◆Vz4rVzpChA :2006/06/04(日) 10:05:28.43 ID:BK74/Gsg0
「「あのっ!!」」
言ってしまってから、二人はわたふたと慌てた。
バカだなぁ。そう言ったコイツは、もう目を瞑っていた。
オレも何も見えない。
コイツの気持ちを知った気がした。
だから、見たくなかった。
「「付き合ってくださいっ!!」」
もう一度、ふたつ、重なる。
そしてまた、あたふたとしてから、二人は照れたように、笑いあった。
タカシが、ナナの体を、そっと抱きしめる。
コイツが強く唇を噛み締めた。
俺もいたい。凄く、痛い。
目を開いたけど、ぼやけて何も見えなかった。
「タカシ…」
コイツが小さく、小さく、つぶやく。
頬を涙が流れていく。
コイツの膝が折れて、肩を落とす。
オレが霞む。
…七十五日目が終わろうとしている。

オレが粉のようになって、天へ昇ってゆく。
アイツを残して。
崩れ落ちて、泣いているアイツを残して。
じゃあね、そう言ってタカシとナナが別れた。

意識が霞んでゆく。
アイツがしあわせになれるように、オレは本気で、本気で―、願った。





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