635 名前:噂1 ◆5GkjU9JaiQ :2006/06/04(日) 08:43:28.51 ID:Sii+0SJ0O
花瓶の立つ机の上には、うっすらと埃が積もっている。
校庭からはサッカー部の威勢の良い掛け声が聞こえるけれど、どこかよそよそしい。
薄暗い教室の中で、僕はそれをじっと見ていた。
机の主は、女の子。
僕は特に仲良くもなかったけれど、偶然三年間同じクラスだった。
美人でもなく、醜くもなく。洒落っ気はあったけど、浮いてしまう程じゃない。
至って普通の子だったように思う。
彼女は半年ほど前に、自殺した。
理由は分からない。
その時にはレイプで妊娠しただの、他校の男に振られただの、
聞いている方がうんざりするようなゴシップが周りを飛び交っていたのだが、
やがてそれらが治まった頃、今度は彼女についての怪談が流れたのだ。
「放課後に一人で教室に居ると、彼女の霊が現れる」
636 名前:噂2 ◆5GkjU9JaiQ :2006/06/04(日) 08:44:06.28 ID:Sii+0SJ0O
今、僕は放課後にこうして教室に一人で居る。
単に忘れ物を取りに来ただけだ。
子供っぽい陳腐な怪談話を恐れるほど僕は臆病じゃない。
そのことを確認するために、花瓶の机の前に立つ。
机に溜った埃を撫で、彼女について考える。
何も起こらない。
僕は彼女の名字を呟いてみる。
周囲から音が消えたのは、その瞬間だった。
僕はギクリとして固まる。
全身の肌が粟立って行くのが分かった。
時間にすれば、ほんの五秒ほどのことだっただろう。
ボールを蹴る音を皮切りに、音は戻って来た。
僕はゆっくりと顔を上げる。
目に写るのは、綺麗に掃除された黒板。
ホッとして、胸を撫で下ろした。
手に妙な汗が滲んでいたので、ズボンで拭った。
大丈夫、何も起こってない。
そう自分に言い聞かせ、励ますように頷いた。
固まっていた足を大きく動かすと、大袈裟に溜め息をついてから僕は教室を出た。
637 名前:噂3 ◆5GkjU9JaiQ :2006/06/04(日) 08:45:21.29 ID:Sii+0SJ0O
その夜、彼女が枕元に立ったとか、鏡に血まみれの彼女が映ったということはない。
その後も普段通り、平穏に過ごしている。
当たり前だけど、幽霊なんてのはやっぱり存在しないのだ。
ただ、授業を受けている時も、友人と話している時も、
気付くと僕は花瓶のある彼女の席に視線を向けていた。
思考の隙間に、放課後の教室の風景が浮かんでくることもある。
ひょっとすると憑かれているのかもしれない。
ふと、そう考える時もたまにある。
―了―