【 うわさのおつきあい 】
◆DpysQmGCjo




626 名前:品評会お題「噂」 題名『うわさのおつきあい』1/3 ◆DpysQmGCjo :2006/06/04(日) 06:13:34.02 ID:slMCL+dO0
『うわさのおつきあい』

 人気のない、夕暮れのクラブハウス前。初夏の優しい風が吹く。ふたつのおさげが揺れていた。
 ほつれた髪がひたひたと叩く、白く滑らかな彼女の顔。長いまつげに縁取られた、大きな黒目勝ちの瞳は、真剣にこちらを見つめている。
 ぼくの目の前に立ちふさがった少女は、竹刀を突き出すと宣言した。

「御突き合い、申し込む!」

「またお前なの、イチカ」
 ぼくはため息をついた。あのふざけた横暴生徒会長が『御突き合い制度』と名付け、ぼく限定の規定外特別部活動と定めた、異種混合の果し合いごっこ。
 これで六月に入り三十試合を超えた。いつもなら二日に一回の程度なのに、今月は単純計算してすでに二倍だ。さすがに疲れる。
「ルールは知っているだろう、突き合いの申し込みは一ヶ月に一回まで。お前、今月一番目にやってきただろ。忘れたの」
「礼儀知らずは百も承知。でもごめんなさい、先輩」
 慣れた様子でイチカは竹刀を構える。座った目つきと鋭い雰囲気は、整った幼い顔に不釣合いだ。笑っているのが、一番似合うのに。
「武道家に言い訳は無用です!」
 そう言って彼女は飛び掛ってきた。
 ぼくより十センチは背が低いし、見かけは華奢なイチカだけど、彼女は強い。特に上段から斜めに切り出される打ち技の威力は、今月始めに身をもって知っている。
 ぼくはかばんを側の植え込みに投げると、仕方なく構えを取った。我が誇るべき女楼月心流、上弦の弾。繰り出された面打ちを流れる動きで避け、弧を描きながら突き出した手刀で彼女の胴を狙う。
 イチカは間一髪でぼくを凌いだ。不器用なせいで、いつも少しほつれているおさげが、片方だけほどける。勢いでふわりとめくれたスカートの下に、うさぎのバックプリントがされた下着が見えた。ここだけとても年相応なのが、なんだか可愛い。


627 名前:品評会お題「噂」 題名『うわさのおつきあい』2/3 ◆DpysQmGCjo :2006/06/04(日) 06:14:23.19 ID:slMCL+dO0
 自分で言うのもなんだが、ぼくはどうしてか女子に人気がある。多分原因はクラスでも一番の長身と、武道が盛んである故に、強い人間ほどいいとされる、この学校のおかしな校風に寄るのだろう。
 転校して来てからこっち、あまりにも交際の申し込みが多くてうんざりしたぼくは、ひとつの提案をした。それは、ぼくと戦って勝ったものと付き合う、という。
 誰だって、自分より強い人間に憧れる。皆がそうなように、ぼくだってそうなんだ。
 強くあれ!なんて校則のてっぺんに掲げている学校だからか、ぼくの宣言は引かれるどころか大うけした。先にも言ったけど生徒会長は変な規則を作るし、ぼくに好意を抱く抱かないに関わらず、腕に覚えのある生徒がぼくの前にやってくるし。
 もちろん今までに負けたことはない。戦国の世から続く女楼月心流の正当な継承者として、負けるわけにはいかないしね。
 だからぼくはまだ、誰とも付き合っていない。そして何人もの生徒たちが、飽きずに勝負を申し込む。
 そして今月の『御突き合い』が多いのには、原因がある。ぼくが今月に入ってすぐ怪我をしたという噂が広まって、いつもなら勝負にならないとあきらめる人間まで挑んでいるのだろう。
 その中でもイチカは別格だった。重い振りも、鋭い突きも、惚れ惚れする素晴らしさ。しかも可愛くて、ぼくとは部活も学年も違うのに懐いてくる。そのせいか、ぼくは何度も油断してしまうらしい。


628 名前:品評会お題「噂」 題名『うわさのおつきあい』3/3 ◆DpysQmGCjo :2006/06/04(日) 06:15:26.87 ID:slMCL+dO0
 彼女の竹刀が、避け損ねたぼくのセーラー服の右袖をかすった。少しだけ押し上げられたその下には、青く内出血している二の腕があった。
 そう、噂は、本当なんだ。
 躊躇せず、イチカは右を狙いに来た。イチカは噂が噂でないことを知っている。ここの他に、右わき腹にも打撲の跡があるのも知っている。
 美容師の兄貴に、ばっさりと腰まであった髪を切ってもらったおかげで、頭はずいぶん軽くなったし視界も広くなった。もう彼女に死角を突かれることはない。綺麗な髪だったのにとイチカは嘆いていたけど、誰のせいだと思ってるんだ誰の。
 その時の潤んだ瞳が、目前に迫った彼女の、強く凛とした視線と重なる。うっかり見惚れてしまったのが運の尽き。
 片手だけで持たれた彼女の竹刀が、右の二の腕を下から打ち据えた。痛い。思わずよろめいて、身体の前面ががら空きになる。剣道のセオリーを無視して、イチカは左手を使い、ぼくの右わき腹を殴った。
 たまらずぼくはその場に膝をついた。駄目だこれは。今回は、完全にやられた。
 ぼくをこんなにした当のイチカは悲鳴を上げると、竹刀を落として駆け寄ってきた。
「先輩!大丈夫ですか、先輩!」
「馬鹿、武器を捨てるな」
 苦笑しながらぼくはそう言って、涙ぐんでいるイチカの頭を撫でる。彼女は眉を寄せると、俯いた。
「先輩、申し訳ありません。ルールを破り、あまつさえ、卑怯な方法で使ってしまいました」
「イチカ、いいよ。お前は悪くない」
「でも、私が先輩を看病したかったの。他の誰でもなく、私が」
 おずおずと顔を上げると、腕とわき腹のあざの張本人であるイチカは、真剣な表情でぼくに言った。
「先輩、私とお付き合いして、いただけますか」

 その後ぼくたちはどうなったかって?
 それを知りたかったら、私立武藝女学院の誰かに聞くといい。ぼくの右腕に巻かれた、丁寧だけど下手糞な包帯についての噂を。





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