580 名前:それでも ◆Qvzaeu.IrQ :2006/06/03(土) 22:19:15.84 ID:LcELBkF80
詩穂(しほ)は、誰もが知っている噂の女の子って奴だ。
まさに絵に描いたような優等生で、高嶺の花。勉強をやらせればかなりのもんだし、スタイルも顔も良い。何より、性格も優しく穏やかで気取った感じじゃない。誰にでも差別なく接するし、あ、これは訂正。99.999……%差別なく接する。
そんだけ出来た人間なら、誰しも噂にする。
ある人は現代に蘇った神の化身と崇拝して、ファンクラブを設立する。ある人は、あんな人になりたいって詩穂のことを話す。凄い人をたとえて噂するように、学校中で彼女のことがもてはやされる。
いや、実際にそうなんだ。うん、彼らにとってはそれが真実なんだ。
僕だって大分大人になった。高校生にもなれば、世の中の理不尽さってもんも十分理解する。
彼女がどんな人間かは、察していただきたい。
ただ僕が言えるのは、もしも本当に神様みたいな人格者で、天使みたいにすげえ可愛かったら、そりゃ人間じゃない。人間の姿をした何か。人間の姿をした何かなんて、幽霊以外はいない。うん、断言する。
その他のことは、慎ましやかに黙秘権を発動したい。だって、詩穂は人の思考を読むのだ。表情とか、色々なモンから、何か読むのだ。
詩穂は、大変に賢い。頭がバカだったら優等生になれないし、それを維持するコトだって不可能だ。何より、賢い自分というものを理解している。高校生らしくないよな。
愚痴も文句も言えたもんじゃないし、考えられたもんじゃない。ばれたら、こえーんだもん。
だらだらとくっだらないコトを考える、昼下がり、四時限目。窓から差し込む光が眠気を誘う。
なんていうか、この世の幸せを感じる瞬間だ。古文のつっまんねー授業を流しながら、うとうととまどろむ。
「ねえ、弘樹(ひろき」
そして幸せというものは、すぐにぶっ壊れるもんだ。最近学んだこと。
「なに? 詩穂」
「これ」
後ろの席から、詩穂が話しかけてきた。授業の邪魔にならないように、僕にだけ聞こえるくらいの小声。肩のあたりをちょいちょいっと、詩穂はメモ帳で叩いた。
「え? マジ?」
「よろしくね」
周りに気付かれないように、そっとメモ帳の中を覗く。予想は付くんだ、予想は出来るんだ。でも、それでも、予想が外れる為に、メモ帳を覗く。
581 名前: ◆Qvzaeu.IrQ :2006/06/03(土) 22:22:33.66 ID:LcELBkF80
実に綺麗な文字で、要件だけが書いてあった。
『今からバナナオーレと、ヤキソバパン買って来い』
やっぱりな……。
おおかた昼ごはんを忘れたから、僕に買って来いってコトだろう。
僕はささっとメモ帳に事を書いて、後に渡す。一秒と待たずに、詩穂からの返信が来る。
『後でで良い?』って僕が渡したメモ帳の上に、堂々とバツ印がつけられていた。
「今行かなきゃ意味ないでしょ? 何考えているの?」
後の席から、やっぱり小声で言われる。
「え、だって……」
「大丈夫だって、トイレって言えば良いよ。あとは、あたしがフォローしとくって。内助の功って奴よ」
「いってくるよ」
もう、これもいつものことなので呆れながらも、しぶしぶ教室を出る。
「はぁ……、なんでこんな奴隷みたいな扱いなのに、聞いちゃうのかねえ」
独り言が誰も居ない廊下に響いた。
ま、理由は知っているんだ。理由はあるんだ。でも、それも内緒だ。
とぼとぼと廊下を歩きながら、まあこれも良いんだよなあ。なんて思っちゃう僕は重症だろうか?
詩穂のワガママを聞けるのは、僕しかいないしね。何だかんだで、お使いをすると笑顔で迎えてくれるし。本当は、結構良い奴なんだ。矛盾しているようだが、してない。断じて矛盾はない。矛盾があるとすれば、僕にある。彼女にはない。
噂ってのは、何かと真実が無いとでて来ないそうだ。
なるほどなと思う。何より、一番当事者としてびっくりしたのが、噂は真実を言い当てることすらあるのだ。
僕と詩穂が付き合っていて、お互い結構仲が良い。なんて、よくもまああてられたもんだ。
散々ぱしられ、ワガママを聞いているだけなのに。何でだ? どこで、当てられたのか。
もちろん、僕らの馴れ初めって奴はある。でも、それも内緒にさせてもらう。
噂の力は凄い。しみじみと思う、太陽の下だった。
品評会作品 「それでも」 おしまい。