【 噂される男 】
◆AHSIH.WsAs




600 名前:お題、噂 題名、噂される男 ◆AHSIH.WsAs :2006/06/04(日) 00:48:50.14 ID:6HIcjPtq0
おい、お前彼女が出来たんだって?」
僕の肩を馴れ馴れしくぽんと叩いた声の主は、僕が完全に振り向き終わる前にそう言った。
そこに立っていたのは小学校時代からの友人だった、話題が話題なだけに、ニヤニヤと笑いながら僕を見ている。
「何の話だよ?彼女なんていないぞ?」
そう。その通りなのだ。僕に今彼女なんかいるはずがない。
「そうか?もう噂になってるぞ。可愛い彼女らしいから、隠す事も無いじゃないか。」
「可愛い彼女…ねえ。そりゃあ、噂されてる僕が羨ましいね。」
僕がそう言うと、そうか、と、相変わらず友人はニヤニヤしながら去っていった。
僕は釈然としない気分だったが、何処かの誰か、噂を流したその人が、僕の事をモテると思ってくれているんじゃないかと思うと、少しばかり嬉しい気分になる。
僕は少し、ニヤつきながら安アパートへ帰る事にした。
急な階段を上りながら、錆びがうっすら浮いているノブに鍵を挿し込み、回す。
いつもとは違う、スカッとした手応え、鍵が開いていたらしい。
僕はまさか何か盗られていやしないかと、内心ビクビクしながら部屋へ入った。
「あら、おかえり。晩ご飯どうしようか?食べに行っても、私が適当に作るんでも、いいよ。」
「…え?」
僕は立ち尽くす、見覚えのある床に見覚えのある新聞、その向こうに見覚えのない女性。結構可愛い。
何だかひどく親しい様子だ、貴方はどちら様ですか?なんて切り出すのはためらわれる。
「そうだな…。冷蔵庫には大した物無いし、カレーか何か食べに行こうか」
とりあえず話をあわせる事にして、それとなく聞きただす。無難なセンを選ぶ事にした僕、それよりも今の自分のセリフがひどく自然に出てきた事に驚いた。
「そうしようか。」女性と僕は外へ出て行った。
そして、帰ってくる。口の中に残っているシーフ−ドカレーの余韻を楽しみながら結論をおさらいする。
女性と僕は最近付き合い始めた。つまり女性は僕にとっての彼女。
噂通りだな、と、僕はリモコンに手をのばす「彼女」を見ながら思った。



601 名前:お題、噂 題名、噂される男 ◆AHSIH.WsAs :2006/06/04(日) 00:49:37.68 ID:6HIcjPtq0
後日、僕は彼女に不意に話し掛けられる。
「貴方が中学生の頃、高校生に喧嘩をふっかけられて、頭に怪我をしたって噂、本当?」
嘘だよ、と僕は思った。そんな事は無かった、僕が僕自身の事を言うんだから間違い無い。
僕が何て言おうかと迷って頭を掻くと、指に何かが引っかかった。
覚えの無い感触に、鏡を見てみると、そこには覚えのない傷跡がある。
僕は首を傾げながら言う。
「どうやら…本当みたいだね。うん、そんな気がしてきた。」
噂通りって言うのかな、僕にとりついている不思議な気分は益々重くなった。
それからもこんな事はたびたび起こった。
僕は重い病気にかかったし、奇跡的に回復の兆しが現れ、僕は退院できたし、彼女が別の男と歩いていたなんて事もあったし、凶悪犯逮捕に貢献した事もあった。
「噂は当たり外れがあるから噂なんじゃないか、これはどういう事なんだ。」
僕が頭を抱える回数は、どんどん増えていく。
とうとうたまりかねて例の友人に愚痴をこぼした事もあった。
「まるで僕が噂で出来ているみたいじゃないか。僕は何処へ行っちまったんだ。」
さあね、考えすぎだろ、それに色々飽きなくて良いじゃないか、友人はバツが悪そうに笑って去っていく。頼りない友人だ。
ある日、僕は実家に帰ることにした。田舎で少しでも落ち着きたい気分だったからだ。
僕は実家の押し入れを漁り、小学生の頃の思い出を見つけて懐かしさに浸る事にする、作文や絵、よくもまあ取っておいたものだ。
僕が目を細めながらそれらを見ていると、ふと何か気になる文章が見つかった。
「○○小学校の七ふしぎ」
へえ、そんな物が有ったのか。僕はわくわくしながら読み進める。
中身は予想通り、解剖されたカエルの幽霊だの、動くガイコツだの、他愛ないものばかりだ。
ただ、七個目の不思議だけはどこか違った。
七・夜、いじめられっこが図工室で祈ると、うわさのともだちが出来る、といううわさ。
僕の頭を変な物がよぎる。
「うわさのともだち」
この小学校でこんなともだちが出来る、という事が周知の事実だったのか、もしくはうわさ通りになってくれる、いじめられっ子にはもってこいの友達が出来るという意味なのか。
もし後者の意味だとしたら…、僕はもしかして…。
バツの悪そうな友人の笑顔が浮かぶ、崩れていく僕自身への自信。
僕は…僕は…。



602 名前:お題、噂 題名、噂される男 ◆AHSIH.WsAs :2006/06/04(日) 00:51:13.17 ID:6HIcjPtq0
「つまり、あなたはそうやって呼び出された噂通りの人間って事ですか」
ドクターは言う。呆れたような顔をしているな、くそ。
「確かに実家にはあなたが書いた作文やあなたが書いた絵が有ったんでしょう?それに、現にあなたはここに存在する。呼び出された、架空の物なんかじゃないでしょう。」
「噂もそこら中に存在しますよ。とてもリアルな物もね。そう何処にでも、どんな形でも有るんです。」
ドクターは僕の話を無視して続ける。
「それに、なんで友人があなたを病気にさせたりしますか。その話でいけば、呼び出したのは友人なのに。」
「友人のせいじゃないかも知れない。つまり僕は僕に関する全てのうわさにいちいち形を変える存在なんだ。友人の噂が全てじゃない、噂なんて、ひょんな切っ掛けで、何処にでも湧く物ですよ、先生。」
「…考えすぎです。まさか誰かが、あなたは精神科へ通っているなんてうわさを流しているなんて思っているんじゃないでしょうね?その七不思議とか…全ては噂に過ぎないんです。そんな話が現実にあるはずが無い、噂なんだ。」
ドクターはややこしい事を断定的に言う、僕は目を細めながら言った。
「そうです、ぜんぶうわさなんですよ、ぜんぶね、先生。今日はありがとう御座いました。」
僕は静かに席を立った。





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