【 今田アキの呼び方 】
◆VXDElOORQI




89 :No.20 今田アキの呼び方 1/4 ◇VXDElOORQI :08/04/14 00:14:56 ID:P+bd93wT
 放課後。校門でばったり幼馴染のアキと遭遇した。
 アキは校門の前で空を見上げて突っ立っていた。俺が校門を通り抜けようとすると、不意に顔をあ
げ、「やあ」と言った。
 俺も「やあ」と返す。
 それ以上の会話は特にない。
 俺は一人校門を出て、帰り道を歩く。校門を出てすぐは気付かなかったが、しばらく歩き家が近く
なると、俺の後ろをアキが歩いていることに気付いた。カーブミラーにアキの姿が映っていたからだ
 俺が校門を出て、すぐにアキも歩き始めたのだろう。だからと言っておかしいわけではない。俺と
アキはご近所さん同士だから、帰り道が一緒なのは仕方がない。
 これも一緒に帰っているというのだろうか。思えば久しくアキと一緒に登下校をした記憶がない。
 小さいときはいつも一緒だったが、小学校中学校高校と上がるにつれてだんだんと疎遠になってい
った。思えば中学生のときにアキが美術部に入ってからそれが顕著になってきたような気がする。俺
は部活には入らず、クラスも違ったので会う機会は一気に減った。中学を卒業し、同じ高校に入った
今でもそれは変わらない。今では会えば挨拶を交わす程度だ。
 アキと一定距離を保ったまま歩き続ける。別に嫌っているわけではないのだから、並んで帰っても
いいような気がするが、今更それをするのは少し恥ずかしい。結局、俺とアキの距離は縮まることな
く、家の前まで来てしまった。
 俺が門扉に手をかけたところで、不意に袖を引っ張られた。振り向くとアキがいた。いつのまにか
俺の側まで来ていたらしい。
「ユウくん……」
 俺の名を呼び、続く言葉を紡ぐために開いたであろう口は声を発することなく、アキは黙り込み俯
いてしまった。
 俺の袖を掴んだまま、なにか言おうとしてはやめるを何度か繰り繰り返している。
「どうかしたのか?」
 助け舟を出してやると、アキは一回深呼吸をして、「あのね」とやっと話を切り出してきた。
「モ、モデルをして欲しいんだ」
「モデル? 美術部の課題かなんかか?」
 アキはふるふると首を横に振る。
「ううん。その……漫画の。かな」
「漫画なんて描いてたんだ」

90 :No.20 今田アキの呼び方 2/4 ◇VXDElOORQI :08/04/14 00:15:08 ID:P+bd93wT
「うん。今度、新人賞に出してみようと思ってるんだ」
「そうなんだ。すげーな。今田は昔から絵うまかったもんな」
「あ……うん」
 アキはそこで突然黙ってしまった。なにか変なこと言っただろうか。と考えてすぐに思い当たった。
アキはきっと『今田』に反応したのだろう。昔は『アキ』と呼んでいたが、最近はなぜか苗字の『今
田』と呼ぶことが多くなっていた。幼馴染ってだけで、そこまで親しいわけじゃない女子を、下の名
前で呼ぶの気恥ずかしくて、いつのまにか苗字で呼ぶようになっていた。名前で呼ぶのはある程度、
親しくないと、例えば付き合っているとか。そういう間柄でするべきだと思う。少なくとも、挨拶程
度しかしない間柄でするべきじゃない。
「それでモデルってなにすればいいんだ?」
 沈黙が気まずくて、俺は強引に話を進める。
「えっと。一緒に帰って欲しいんだ。わたしが描いてるの少女漫画だから、そういう恋愛っぽいこと
をね。その体験してみたくて」
 一緒に帰ると言っても。
「ここ、もう俺んちの前なんだけど」
 俺が門扉に手をかけたところで、アキに声をかけられたのだ。あと一歩足を踏み出せばもう家の敷
地内。ここからどうやって一緒に帰れと?
「あー。そっか。そうだよね。本当はね。校門のところで頼もうと思って待ってたんだけど、その恥
ずかしくて。最近、ユウくんとあんまりお話してなかったし」
 だから、校門のところでぼけっと突っ立っていたのか。俺を待ってたんだな。それから家に着くま
で中々声をかけられなくて、俺の家の前まで来てしまったのか。
「で、どうするの?」
「あ、そうだ。じゃあわたしのお家まで一緒に帰ろ?」
 アキの家までと言っても、俺の家の二軒隣。ほんの十数メートルしかない。
 そのアキの家まで一緒に帰るのか。なんかマヌケだな。
「ダメ?」
「まあ。いいけど」
「じゃあ。……はい」
 渋々了承すると、アキは手を俺に向かって差し出してきた。
 俺がその手を凝視し、首を傾げると、アキは「もうっ」と頬を膨らませた。

91 :No.20 今田アキの呼び方 3/4 ◇VXDElOORQI :08/04/14 00:15:20 ID:P+bd93wT
 アキが怒るときの癖だ。どうやら怒らせてしまったらしい。
「恋人同士なんだから手ぐらい繋ぐでしょ?」
「並んで一緒に帰るだけじゃダメなのか?」
「ダメだよー。漫画では手を繋いで帰ることになってるんだもん」
「そんなこと言われても……。恥ずかしいんだが」
「わたしだって……。恥ずかしいよ。でもこんなこと頼めるの、ユウくんしかいないし……」
 アキは手を差し出したまま俯いてしまった。
 沈黙が二人を包み込む。だんだんアキが差し出した手が下がってきて、鼻をすする音が聞こえてきた。
 やばい。泣くかも。
 アキは泣き出す前にかならず何度も鼻をすするのだ。多分、涙を堪えてるんだと思う。
「わかった。わかったよ」
 俺はアキの手を取り歩き始める。
 アキの家まで十数メートル。さっさといけば誰かに見られることもないだろう。
 俺は母親や妹に見つからないことを祈りながら、早足でアキの家へと向かう。
「ユウくーん。もっとゆっくり歩いてよー」
 言われて、やっとアキを引っ張るようにして歩いていたことに気付き、少し歩く速度を落とす。
「ごめん」
「ううん」
 アキの家まであと少し。あと数歩で終わりだ。その数歩をアキと手を繋ぎゆっくりと歩く。
 今になってようやく気付いた。アキの手はとても暖かくて柔らかい。でも少し湿っている。多分、
汗だろう。恥ずかしいというのは本当なんだな。と今更ながらに思った。
 アキの家についたら、この手を離さないといけないんだよな。
 そう考えるとなぜかより歩く速度が遅くなった気がした。
 この手を離したら、また前みたいに挨拶をするだけの関係に戻ってしまうのだろうか。
 それは、いやだな。
 そう考えるとアキの手を握る手に力が入ってしまう。
 俺が力を入れて握ると、アキも力を入れて握り返してくれた。
 でも数歩なんて本当にあっという間で、気付けばもうアキの家の前だった。
 俺は最初に早足で歩いたことを後悔しながら、手を離した。
「ユウくん。ありがと」

92 :No.20 今田アキの呼び方 4/4 ◇VXDElOORQI :08/04/14 00:15:32 ID:P+bd93wT
 アキは笑って俺にお礼を言い、門扉に手をかけた。
 アキが俺にしたように、俺はアキの裾を掴み、引き止める。
 不思議そうな顔をして、アキは俺を見つめてくる。
「その漫画さ。手を繋いで一緒に帰るだけで終わるのか?」
「え、その、まだデートしたり、キ、キスしたりするけど……?」
「……やってやるから」
「え?」
「デートも、キスも、モデル。俺がやってやるから」
 自分で自分の顔が熱くなっていくのわかる。もうアキの顔を見ることが出来なくて、俺はアキの袖
を掴んだまま、じっと地面を見ていた。
「じゃ、じゃあ。お願いして、いいかな?」
 その言葉に俺は顔をあげる。アキは顔を真っ赤にして、でも俯かずじっと俺のことを見ていた。
「も、もちろん。じゃあ詳しくはその明日決めるってことでいいかな?」
「うん」
 そこでやっとアキの裾を離す。これで捉まえていなくても、明日、また会える。
「じゃあまた明日ね。ユウくん」
 アキは門扉の前で手を振っている。俺も手を振り返し、言った。
「ああ。また明日な。アキ」

おしまい



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