【 彼らは僕のかけがえのないモノ 】
◆mgoacoGROA




85 :No.19 彼らは僕のかけがえのないモノ1/4 ◇mgoacoGROA:08/04/14 00:07:48 ID:P+bd93wT

ここはどこだろう……?

 目の前には真っ白な空間が広がっていた。
前後左右、上下にさえ何も存在しない空ろな世界。僕はその中にただ唯一存在を
許されたかのようにそこに居た。いや、漂っていたという表現の方が適切かもしれない。
 僕以外は誰もいない何もないこの空間。
 言葉だけ借りればまるでホワイトホール。ただ、あれは確か物質を放出する天体だったハズだが。
だとしたら、ここはその逆だな。ここには放出するものなど何もないのだから。
 ビックバンによって宇宙が誕生する前は、そこは何もない空間だったという話を聞いた
ことがあるがまさにそんなカンジだ。
 何も存在しないこの空間にはまだ何も誕生していない。
 
 一体ここはどこだろう、何故僕はこんな所にいるのだろう、たくさんの疑問が頭の中に
浮かんできたがそのどれにも答えは出そうにない。
 永遠とも一瞬とも思える時間をここで過ごしているようなそんな錯覚さえ起きてくる。
時間の感覚など勿論ないのだ。
 真っ白な何もない世界に僕は独りだけ、それだけしか今はわからない。
 
 ただ、不思議と恐れも孤独も感じなかった。
それ以外に暑さも寒さも感じないし、なんの音もしない、なんのにおいもしない。
 五感のなかで働いているは視覚だけだった。その視覚も真っ白な世界を見つめているだけで、ほとんど機能していないようなものなのかもしれないが。
僕はそこでずっと、じっとしていた。動くという行動を忘れてしまったかのように。
 どのくらいたっただろう。数分間か数時間か、もしかしたらほんの一瞬だったかもしれない。
 もっともここには時間さえも存在しないのかもしれないが。

86 :No.19 彼らは僕のかけがえのないモノ 2/4 ◇mgoacoGROA:08/04/14 00:08:07 ID:P+bd93wT
 気がついたら目の前の空間に男の子が居た。僕より小さい、小学生だろうかどこか僕に似ている風があった。
小さな男の子は僕と向かい合うようにそこに立っていた。
――誰だろう
 見覚えがあるような気がした。どこかで会ったことのあるような……。
だけど思い出せない、そもそも彼は本当に存在しているのだろうか。
 ただ、彼を視界に捉えた時僕は体の中が熱くなるように感じた。
彼は多分僕にとってかけがえのないものであると同時に僕にとってあまり認めたくないものなのだ。
 何故かそう思った。
君は……誰……?
 唇はそう動いたが、音のない世界では言霊は宿ることなく形にならない。
だから心の中で聞いてみた。
 それが伝わったのだろうか男の子は微笑み何か言うように口を動かした。
「ぼくのこと忘れちゃったの?」
 直接、頭の中に彼の声が響く。やはり僕は彼を知っているのだろう。
ただ、思い出せない。僕の記憶に彼はいない――
 そんな僕の思考を読み取ったのか少年は続けた。
「ぼくは君だよ。君自身だよ」
 ああ、確かに彼は僕かもしれない。だけど僕は彼ではない。
似てはいる、外見ではない何かが。ただ、それだけ。やはり僕は彼ではない。
 少年は続ける。
「ぼくは君が君自身である証」
「君が宇宙だとしたらぼくはその中にあるただの石。君がぼくを創りぼくは君の始まり。
そう、大爆発(ビックバン)という名のね」
 彼は微笑んだ。至極穏やかに。
「そこには何もない、けれどそこにはなんでもある。無限に広がる世界と秩序……。
だから君には頑張ってほしいんだ。ぼくのためにも」
 そういうと彼はこの真っ白な空間を見上げた。まるでそらを見るかのように。
僕もつられて見上げた。けど、やはり何もない。虚空が広がっているだけだ。
「そして大切にしてほしい。ぼくらは君自身でもあるのだから」

87 :No.19 彼らは僕のかけがえのないモノ 3/4 ◇mgoacoGROA:08/04/14 00:08:22 ID:P+bd93wT
 再び少年の方に視線を戻すと彼は淡く消えかかっていた。
驚くと同時にいかないでほしいと願った。だけどそんな僕の願いとは裏腹に彼は
もう少しで完全に消えそうだった。
 僕は手を伸ばした。いかないで消えないで、と。
しかし僕と彼との間を埋めることは出来ないまま少年のシルエットは確実に薄れていった。
 消える直前にもう一度だけ彼の声が聞こえた。
「   」
――だけど彼が最後に何を言ったのか僕は聞き取ることは出来なかった。

***
 目を覚ますと目の前には真っ白な原稿用紙があった。
どうやら眠ってしまったらしい。幸いインクが漏れたり原稿用紙がぐしゃぐしゃということはなかったが、持っていたペンが何かと踊っていたかのような跡を残してた。
この仕事を始めて長いこと経つが未だに日の目をみることは叶わない。
自分には才能がないのだろうか、そう思ったりもしたがもう後戻りは出来るような年齢でもない。
もし今回の新人賞が駄目だったら実家に帰ろう。そう最後の願いを掛けて原稿用紙を仕上げていた。
 ふう…。
ため息をついた時ふと夢のことを思い出した。
 結局あの男の子は誰だったのだろう……。
少年が何を言っていたのかほとんど覚えていない。ただ妙に自分の中に残る夢だった。

88 :No.19 彼らは僕のかけがえのないモノ 4/4 ◇mgoacoGROA:08/04/14 00:08:32 ID:P+bd93wT
そしてふと何故かとてつもなく懐かしい感覚を覚えた。それと同時に何か大事なものを取り戻した気がした。
そうだ、昔自分が書いた漫画を読んでみよう。
もしかしたら何か新しい発見でもあるかもしれない。
幼い自分が書いた漫画なんて恥ずかしくてずっとしまっておいたままだったが、急にそれを読んでみたくなった。
まるでそれは小さな星のようだ、淡い光だろうが確かに輝いているのだから。
机の引き出しを探す。一番奥に古ぼけたボロボロのノートを見つけた。
 そして僕は穏やかに微笑んだ。

そう僕にとって君はかけがえのない存在なんだ。





BACK−エリカ◆0KF/UBMvVE  |  INDEXへ  |  NEXT−今田アキの呼び方◆VXDElOORQI