【 エリカ 】
◆0KF/UBMvVE




81 :No.18 エリカ 1/4 ◇0KF/UBMvVE:08/04/14 00:04:01 ID:P+bd93wT
 県内でも有名な九割の中学から上がってくる生徒と一割の成績優秀な外部学生から
成り立つ私立の進学高校に入学して二週間が過ぎた。
 中学からの生徒はグループを形成している事と、私の性格があまり積極的でない事
から、外部入学の私は早くも孤立気味であった。
 私の後ろの席には、眼鏡をかけたショートカットの女の子がいた。私と同じ外部入
学の学生で、名前をエリカといった。
 席が前後になった者同士で、軽く挨拶をしたわけだが、エリカはこの教室で浮きは
じめていた。
 人は群れを好む動物なのだ。外部からの学生は、どこかのグループに混ぜて貰おう
とあちこちのグループとコンタクトを取ろうとしている者。私も含み、休憩時間に教
科書を広げて予習復習を行っている者等が見えた。
 エリカは休憩時間中に漫画を描いている。一人で黙々と。ちらりと遠目に見た絵は
お世辞にも綺麗とは言えない。
 漫画を描いている時は、返事があまり返って来ないのだ。集中しているのか、聞こ
えているけど煩わしいのか。ただ、夢中になっている時のエリカの顔には、好感を持
てた。
 そしてエリカはそのスタイルを貫き、クラスの誰かから
「あいつ何だか暗くない?」
 そう同意を求められるのも当然な流れだったのだろう。私は次の授業の準備を整え
て、ゆっくりその子に聞きなおす。
「誰のこと?」
「アンタの前の席のエリカとかいう子」
 解ってはいたが、私は微笑みかけて、無難な答えを返した。
「暗いのかな、あまり話した事ないから、まだ良くわからないわね」
 でも、陰険なのは本人が居ない隙にそういう話を触れ込む奴だろう、と思ったが、
当然口にはしない。
「暗いって、この前さ。私が一人で可哀想だからって話かけてあげたのに無視だよ?」
「ふーん、それでエリカさんがどうかしたの?」
「あのさ、休憩時間にノートに漫画描いてるじゃない?あれってどんなのか凄い興味
があるんだけどさ」

82 :No.18 エリカ 2/4 ◇0KF/UBMvVE:08/04/14 00:04:12 ID:P+bd93wT
「…貸して貰えば?」
「貸してくれないって。完全無視だし、嫌われてる?とかあるんだよね」
 一度話しかけて無視されたら嫌われてる、か。それなら私はどれだけ嫌われてい
るんだろう。少なくとも席が近い分、この子の定規だと五倍は嫌われているはずだ。
「それでね、席近いじゃない?貸りてきてほしいんだけど」
 何故私が借りなければいけないのか、と思った。まぁ貸してくれるわけがないと、
曖昧に答えた。
「借りれたらね」
 借りれるわけがない。その子はありがとう、とお礼を言って立ち去っていった。
 数分して、エリカが席に戻ってきた。トイレに行っていたのだろう、ハンカチがス
カートのポケットから少しはみ出ていた。
「エリカ、ポケット。ハンカチ」
名詞を三つ区切って言う。エリカはそう聞くと、こちらに見向きもせず、ポケットに
ハンカチをしまいなおして、また漫画を描き始めた。少しイラついて、私は自然に、
エリカの髪を軽く叩いていた。
 エリカがぽかんとした表情で、無言で振り返る。
「返事は?ありがとうとか。無視もいいけどたまには可愛く返事してみたら?」
「あ、ありがとう…」
 慣れてないような引きつった笑顔。恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めていた。
「人が怖く…て。ごめんなさい。ありがとうありがとう」
 そしてエリカが黙っている理由を理解すると、エリカと私が仲良くなるまでは早
かった。
「何描いてるの?漫画?」
「う、うん。下手だけど…見る…?でも私のノートは絶対に人に見せちゃダメだよ。
すごく…恥ずかしいから…」
 パラパラとめくる。確かに下手な絵だけど、なぜか見ていると愛着がわく。不思議
な絵だった。ぐにゃぐにゃとしてて優しい感じを受ける柔らかいライン。
「これなら私と同じくらいじゃないかな」
 私はさらさらと絵を描いて、エリカに差し出した。自分でみてもあんまり上手い
とは言えない絵。

83 :No.18 エリカ 3/4 ◇0KF/UBMvVE:08/04/14 00:04:23 ID:P+bd93wT
「ほら、エリカと同レベルくらいじゃない?」
 私と同じくらいの絵。そういうと、エリカは怒ったような顔をする。
「こんなにパース崩れてないよ!?」
たまにからかうように私は絵を書いてエリカに渡す。エリカが怒るのが可愛くて、楽
しんでいたのだ。
 エリカが描く漫画の絵は下手だった。でも、ストーリーが上手くて、いつの間に
かその世界に引き込まれたような感覚に陥る。下手な絵もシナリオのために描かれ
た幻想的な絵とさえ思えてくる。
 そしてエリカの漫画ノートを借りて、毎日休憩時間や家で読んでいた。面白かった
というとエリカは嬉しそうに微笑み、面白くなかったというとこの世の終わりのよ
うに悲しそうな顔をする。
 
 私がトイレから戻ると、この間、エリカの漫画を借りてくれと頼んだ子にが立って
いた。
「ねぇ、アンタさ。最近エリカと仲がいいね。休憩時間に描いてる漫画、借りてく
れた?」
 私の了解もなしに、その子は私のカバンをあさり、エリカに借りたノートを持っ
て行く。ありがとう、と手を振りグループのみんなでまわし読みをし始めた。
「ちょっと、これ臭くない?」
「あ、すごい絵下手だ。こんなのでよく描く気になるよね」
 彼女たちは漫画にマジックで落書きをして、私の元に返してきた。私の手には、
エリカの落書きされた漫画が残される。そっとノートをめくると、
『馬鹿じゃない?』『すごいブサイク』等の心無い言葉が目に入った。痛々しくて
私はノートを閉じた。エリカが教室に戻ったとき、私の様子を見てどうしたの?
と尋ねて来た。エリカにノートを借りてというお願いを、借りれたらと約束した
のも私。落書きを止めなかったのも私。 私はエリカに目を合わせず、心の中で
ごめん、と繰り返した。
 ノートは無くした事にしてしまおう。そして私はそっとカバンにしまった。


84 :No.18 エリカ 4/4 ◇0KF/UBMvVE:08/04/14 00:04:34 ID:P+bd93wT
 翌日、教室に入った時、デジカメ付き携帯で誰かが撮影したのだろう。
エリカの漫画がプリンタで印刷され、クラスの掲示板に張り出されていた。
「ちょっと…何してるの?」
「あ、この漫画を入手した先生の到着だ」
 クラスの人が私にすごいじゃん、とかよく奪えたね、等の言葉をかける。
「エリカは?」
 私はエリカの姿を探した。エリカの席には誰も座ってなかった。
「エリカなら朝に来て、掲示板を見てから気分が悪いと早退したよ」
 私は目の前が暗くなった。エリカに何といって謝ろうという焦りと恐怖。
「多分、みんなに発表できた事が嬉しくて感動したんじゃない?」
 そんなわけがない。私は思わずカバンを引っ掴み、エリカの家へと走っていた。
 エリカは出てくれなかった。
「ごめんね、誰とも会いたくないんだって聞かないの」
 エリカの母親からそんな言葉を聞かされた時、私は諦めた。
 翌日も、その翌日もエリカは学校に来なかった。毎日、エリカに謝りに通った。
 エリカとはその後、一度も会うことができず…家庭の事情という形で転校した。

 一年後、私の元に一通の葉書が届いた。差出人の名前は無い。
 そのサイトのアドレスをブラウザに打ち込むと、とても綺麗な絵に綺麗な話の
漫画が載っているサイトが出てきた。
 見覚えのある線のラインに、私はメールを送信していた。
「私の方が上手くない?」
 私の絵を添えて。
 メールの返事はすぐにやってきた、
『こんなにパース崩れてないよ!? エリカ』
 うん…。すごく上手くなってるね
 綺麗な絵だね、素敵な話だね。いろんないいたい言葉が溢れてくる。でもまず…
『あの時はごめんなさい』
 と、私はタイトル行に、打ち込んだ。
    〜 Fin 〜



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