【 哀しい檻、 】
◆/sLDCv4rTY




53 :No.12 哀しい檻、 1/5 ◇/sLDCv4rTY:08/04/13 23:52:56 ID:jypmFR7F
 ぼくはぼくの脂っこい癖毛をゆびでくるくると遊ばせながらぼおっとし、たまにげっぷをしたりした。
徹夜明けにはやたらとげっぷがでる。そして仕事で疲れきった脳にげっぷはひびく。ジンゾウあたりが痛い。げっぷが脳を揺らす。
ぼくは「げぷ」とほそい喉をならして鼻の穴と半開きの口からなま暖かいげっぷをゆっくりはいた。たぶん今、鼻毛ゆれてるんだろう。
 (もうげっぷは吐きおわったのに)僕は鼻の中でゆらゆらと揺れる黒い草原をおもいうかべながら、カギ開け外へ出、
頭痛に似た太陽がうかぶ空の下を歩きはじめた。
 太陽はテランテランと糞眩しい光を(にやけたかおで)放射していてウザくて、
途中、ぼくは(朝日が気持ち良いとか言った奴はだれだ! 死ね!)と思いながら空き地の金網につかまって嘔吐した。マジ死ねよ! カスが。
 ゲロが黄色く広がっていくアスファルトの地面には、ヒモで縛られまとめられた数冊の漫画本が置いてあって、そのなかの一番下の漫画本はぼくのゲロが染みこんで黄ばんでいる。
ぼくは固結びのヒモを(ひっぱったり、ひっかいたり、噛んだりして、漫画本に付いたゲロを飛び散らしながら)強引に切って、
ゲロで汚れていない上二三冊を脇に挟み、ふらふらとした足どりで公園に向かってあるいて行った。

54 :No.12 哀しい檻、 2/5 ◇/sLDCv4rTY:08/04/13 23:53:06 ID:jypmFR7F
 公園の小さな赤いベンチに寝そべりながらぼくはその漫画本をペラペラとめくって読んでいった。
 一冊は少年誌でスゲーつまらなかった。前の方にのってる数個を読み終えたら、ベンチのすぐ横に置かれた、鉄の網でできたゴミ箱の中へほうり捨てた。
 二冊目は青年誌でまえよりマシだけどこれまたスゲーつまらなくて、(まったく、つまらなさすぎてげっぷがでるよ。ほんと。)とぼくは思った。
たまに面白いのもあったけど(へうげものは単行本で読むから読まなかったし)二冊目もゴミ箱のなかへほうった。
「げぷ」
 三冊目の漫画は、なんか変だった。
少し日に焼けていて全体が黄ばみ、シャーペンがクリップで表紙をはさみくっついている。
本をひらいてみると、紙は、コマ割りだけがされていて、ほとんどのページが真っ白だった。
そして唯一描かれている最初の数ページは、一コマごとに違った顔、体型をした人間が、こちらをむいて立っているだけ、というおそろしく内容のないものだった。
顔は、巧いものや下手なもの、丁寧な雑なものなどさまざまで、そこから一コマずつを違う人が描いたのだろうと予想できた。
 僕は奇妙な衝動にかられ、表紙からシャーペンを取りはずして空白のコマに自分の顔と躰を描き足した。
しかしすぐに正気にもどり、なにかムカついきて、その本をライターで燃やした。
 太陽が放射するテラテラ光線に、けむりが、混ざって腐ったような臭いを発し、そいつは、ぼくの頭を何度も叩く。
 本の燃えカスを、灰を、土のなかに埋めた。

55 :No.12 哀しい檻、 3/5 ◇/sLDCv4rTY:08/04/13 23:53:19 ID:jypmFR7F
 ◆◆◆◆

「   。」

 ◆◆◆◆

 夜の公園。
 ぼんやりと光る街灯のまわりに、羽虫が細かく霧のようにあつまっている。
そしてその街灯に向かって、片耳のない野良犬が吠えている。その野良犬は首に、汚れちぎれかけた赤い首輪をしめていた。
公園の隅に置かれたベンチ、のちかくの土のなかから、ジワリ、と「灰」が浮き出てきて、
その灰たちはひきよせられるようして一つの場所にあつまりだし、いつしか一つの山となった。
一つの山は、ぎゅっと一瞬縮まったかと思うと、いつのまにか一冊の本になっていた。
 その本は、コマ割りさえされていなくて、全てのページが真っ白の白紙だった。
急に本に、すね毛ぼーぼーな足が二本、生えてきて、
その足で「本」はとたとたと暗やみの向こうへ消えていった。風にすね毛をゆられながら。風にぱらぱらとページをめくられながら。

 遠くで犬が吠えている。

 赤く小さい、ベンチがひとつ。

 地面のなかには、無数の顔だけが残った。顔たちは地面に棄てられたのだ、「本」に。だからあの「本」は白紙だった。
いままでに「本」に棄てられた顔たちが、どこからか公園の地下にあつまってくる。
その「顔」たちは、「頭」でもなく「顔を薄く剥いだもの」でもなく、もっと観念的な「顔」だった。

 あつまった顔たちは、整列をしはじめる。彼らは統一なくさまざまな表情をしていた。
そして整列をしながらも、土で遮られて見えない空をみあげている。
笑ったかお、泣いたかお、嬉しそうなかお、怒ったかお。その様々な顔のすべてが、空をみあげていた。


56 :No.12 哀しい檻、 4/5 ◇/sLDCv4rTY:08/04/13 23:53:31 ID:jypmFR7F
 縦横一定の間隔で整列する顔たちは、それぞれが様々な色に光りだす。
赤、青、緑に、顔がテラテラ……。紫、灰に、光りピカピカ……。

 木の根っこの匂いがする土の中。顔たちのピカピカとした光はテレビジョンの要領で、一枚の大きな漫画をカラフルにつくりだしている。
その漫画はコマ割りは変化せずずっと一形のままで、それぞれのコマのなかに一人ずつ居る人間だけがうごき変化をつづけていた。
大きなコマには大きい人間、小さなコマには小さい人間。
 両手でコマ枠を掴んでそこから出ようと暴れたり、なんどでも生えてくる舌を何度も噛みきって唇の端から虹色の血を「つう」と床にしたたらせ、
背伸びし嘔吐し、そしてしゃがんでさっきしたたらせた虹色の血をなんとか体内にもどそうと両手をお皿の形にして床にひろがっている埃で汚れた液体をすくいそして
指の股からぽちゃぽちゃとこぼしながら手の平の虹色をすすったりするその人間たちは、
それぞれの躰になめらかに変化しつづける極彩色をつけていて、そしてその重たそうな丸い頭には口だけしかついておらず目と耳と鼻が無く、全員がカラフルなのっぺらぼうとして痙攣しながら嘔吐していた。

57 :No.12 哀しい檻、 5/5 ◇/sLDCv4rTY:08/04/13 23:53:47 ID:jypmFR7F
そして彼らは何か話そうとしているのか、顔の横にはいつも、小さな吹き出しがひょこりとでていた。しかしどの人間の吹き出しにも、なにも書かれていなくて空白だった。
 テカテカ、ピカピカ。数え切れないほどの顔が、赤、青、灰色に光る。
「無数の顔が作る、数人ののっぺらぼう」。
のっぺらぼうは、しかし、篭に入れられて、しゃべれない。
 彼らはしゃべるように皮膚の色を変え、叫ぶように嘔吐する。

 叫び声である彼らのゲロ。
ふとももにひろがる紫色のなかに一瞬揺れながらあらわれる蛭のような無数の黄色は“優しい声”
かれらのげろは叫び声……。
 だれにもつたわることのないかれらのこえ。
が、きこえる。
「聞こえる。」
ぼくは脂っこい癖毛をゆびでくるくると遊ばせながら、暗い部屋でその声を聞いている。
「げぷ」とほそい喉が鳴って、ぬるいげっぷが舌の上と唇をなま暖かくふるわせながらとおっていった。
 頭に、幼児のようにまだらに毛が生えている癖毛ののっぺらぼう。が両手でコマ枠をつかみこちらにむかって吐きだす嘔吐物。の虹色、が輝く。
「   。」
「聞こえる。」

きこえる。
ひとびとという檻から出られない僕らのこえ――――僕の、叫び声が。

 独りのにんげんは、無数の(他人の破片と・肉片・顔)で、成り立っている。



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