【 けみょーん 】
◆p0g6M/mPCo




49 :No.11 けみょーん 1/4 ◇p0g6M/mPCo:08/04/13 23:42:41 ID:jypmFR7F
 ぼくがいつも買っている漫画誌、月刊セブンにのっている漫画『けみょーん』の連載が終わった。
 理由はどうやら、作者の田中田けーじが死んだかららしい。原因はわからないし、雑誌の後ろのほうに一ペ
ージだけ作者が死んだので連載は終わりますごめんなさいみたいなことが書いてあっただけだった。
 最初それを見たときはかなり衝撃を受けたが、一瞬だけだった。涙なんて出なくて、テレビでよくやっているド
ッキリ番組のそれに似たようなもので本当は死んでないんだろうと思っていた。
 田中田先生はギャグ漫画家だ。セブンは昔巻末コーナーでうさんくさいドッキリ企画をよくやっていたしきっと
死んだっていうのもうそなんだろう。くだらないことすんなよってな感じで、なんだか不愉快だった。
 いらいらするので今日はめしくって風呂入ってすぐ寝ることにした。来月号じゃまた普通に連載してるだろう。
 ――でも、もし本当だったら。
 布団の中でぼくは考えた。
 セブンで一番大好きだった漫画はもう、一生やらない――そんな想いがぼくの心をしめつけた。

 クラスメイトの友達は、みんなけみょーんを馬鹿にする。理由は幼稚なギャグが多くてくだらないかららしい。
ぼくが最初にけみょーんの話をした時、みんなゲラゲラと笑った。
「あんなもんで笑ってるのって幼稚園児ぐらいっしょ?」
「ぎゃはは。そのとおりそのとおり」
「雑誌にのれてることが不思議な、正真正銘のゴミ漫画だな」
「あれで金もらえるなら、おれも将来よゆうで漫画家になって大金持ちだな!」
「まじで作者死ねってかんじ。てかセブンの漫画自体ゴミだし。あんなの漫画じゃねー、ただの落書きだ」
「やっぱ今の時代はジャンプだよな〜」
「ジャンプの漫画ってまじ最高だよな。マガジンもおもしれー」
「お前ももっと面白い漫画読めよ」
 面白くない、つまらないというならいい。それは人それぞれだからどうしようもない。
 でも『作者死ね』ってなんだ? 笑えるのは幼稚園児?
 こんなこと言ってるやつが死ねばいいと思う。
 ――いや、さすがに言いすぎたけど、やっぱりこんなこというやつは許せない。どうして作品を馬鹿にするの
に作者や面白く読んでる人がけなされなきゃいけないんだ? ぼくには理解できなかった。
 そのときはこいつらのヒザに蹴りでもいれてやろうかと思ったけど、ケンカになるのがいやだからがまんした。
 それに、後から気付いたことだけど、何だかんだ言ってあいつらも、前まではセブン読んで「おもしれー」とか
言ってたじゃないか。

50 :No.11 けみょーん 2/4 ◇p0g6M/mPCo:08/04/13 23:42:51 ID:jypmFR7F
 ふざけんな――って心のなかで叫んだ。いつの間にか顔にもみけんにしわを寄せていた。
 でもぼくはがまんする。実際はあいつらいいやつだし、だから友達でいられる。
 ただ、自分の気持ちが勝って、たまに相手の気持ちがわからなくなることがあるだけなんだ。
 ぼくは怒らない。怒りたくない、ケンカしたくない。漫画で仲悪くはなりたくない。
 漫画で言い争うなんて、無意味なことなんだ。

 あれから一ヶ月がたった。セブンの発売当日ぼくは急いで買いにいった。表紙は『鉄マジン! ダンベルくん』
だった。タイトルとともにポップな文字が並んでいる中、その右下にはかざり気の無いきれいな縦文字で『今ま
でありがとう、田中田先生。』と書かれていた。
 それを見て、なんだかわけのわからない不安におそわれた。それは多分、本当とうそがぼくの頭の前後を行
きかっていて、真実がわからなかったからだ。
 ちがう。もうわかっているはずだ――。
 ぼくは、『念のために』ここで立ち読みせず、購入してすぐ家に帰ろうとした。
 外はちらちらと雨が降っていた。ぼくは漫画が入ってる紙袋を抱えてかけ出した。途中で大降りになってきて
びしょびしょになった。家に着いたころには紙袋の中の漫画も少しぬれていた。
 服を着がえて、早速自分の部屋でセブンをめくり始めた。
 巻頭カラーで田中田先生に関する特集が組まれていた。内容は発表した作品の紹介や、趣味が釣りで今も
よくやってるなどの昔のインタビューなどがのっていて、ページをめくっていくと『天国で僕たちを見守っていてく
ださい』とか書かれていたが、その時にはもう目の前がゆがんでいた。
 目ん玉の奥がぎゅるぎゅるして、勝手に涙があふれていたのだ。
 やっぱり。でもまさか。先生は天国にいっちゃったんだ。あの漫画を二度と観ることはできないんだ。
 ぼくは布団にしがみついて、おえつをもらすほどいっぱい泣いた。さっきの特集にあった、笑顔で満ちあふれ
ている先生の写真が、頭の中ではり付いている。
 悲しい気持ちでいっぱいになっていた。
 でもその反面、本屋で見なくて良かったという、冷静な気持ちが心の裏側にあった。
 人がいる本屋でわんわん泣いたら恥ずかしいもんね。あの時から計算通りだ。
 さすがぼく。何事にも冷静に対応できるんだ。
 いえーい。


51 :No.11 けみょーん 3/4 ◇p0g6M/mPCo:08/04/13 23:43:04 ID:jypmFR7F
 時間がたってようやく泣き止んだ。気持ちよくなったけど、今度はしゃっくりが止まらなかった。

 次の日の朝、教室で例のあいつらが話しかけてきた。
「けみょーんの作者のやつ、死んじゃったの知ってる?」
 どこで知ったの? とぼくが聞くと、彼は「昨日セブンをみたから」と言った。
 おいおいなんだよ、結局読んでるんじゃねーか! しかも発売当日に。
 ざけんな。さんざん馬鹿にしていたくせに、ぬけぬけとそんなこと話すなよ。ていうかセブン読むなよ。ていう
か死ねよ、まじで。
 さんざん心の中で毒づいたけど顔には出さなかった。とりあえず適当に相づちを打っておいた。
「これをきにジャンプに移ったほうがいいぜお前」
「そうそう。たぶん作者は売れなくて生活苦で自殺したんだな。まじざまあ、って感じ。まああんなクソ漫画家が
死んだところで、誰も悲しまないけどね」
 そう言うとやつらはパンパンと手を叩いて「うけるうける!」ってわめいたり、「ゴミ漫画はもえるゴミへ。ゴミ漫
画家ももえるゴミへ」とか言ってキャキャキャキャ笑っていた。
 それを見て、頭の中が真っ白になった。
 ぷちーん。
 ぼくはそいつのわき腹に右フックを入れ、もう片方のやつの顔面にパンチをぶちこんだ。やつらは一瞬何が起
こったのかわからず、そしてぼくもわからず、その時の空気がこおったような感じがした。気が付いたらぼくは
右フックを入れたやつにつかみかかっていて、となりの席の机に押し倒していた。
 その時やっとクラスメイトの皆が事態に気付き、僕たちの方に向かっていっせいにふり向いた。
 ぼくは何か、ぶつくさ文句を吐いていたような気がしたが、何て言ったかははっきりと覚えていない。

 やってしまった――と思い、ひどくいやな気分になった。
 ぼくは家に帰ってきた後、ずっと勉強机につっぷしていた。あの後先生がすぐにやってきてケンカを止めてく
れ、落ち着いた後で互いにあやまった。ぼくは誠意をこめていっぱいいっぱいあやまった。彼らも半べそをかき
ながら、ちょっとだけあやまってくれた。
 ぼくは大好きな漫画とその作者を馬鹿にされたので、馬鹿にしたやつに対して暴力をふるった。それが正し
いのかどうかはわからない。
 だけどそんなことはどうでもいい。問題なのは、今後彼らと仲直り出来るかどうかだ。クラスで一人ぼっちにな
るのは絶対いやだ。次の日――いや明日は土曜日だから休みか。来週もう一度彼らにあやまろう。

52 :No.11 けみょーん 4/4 ◇p0g6M/mPCo:08/04/13 23:43:14 ID:jypmFR7F
 ひまになってきたのでセブンを読み始めた。そんで、けみょーんを読んでひらめいた。
 ぼくがけみょーんの続編を描けばいいんだ――と。
 早速ぼくは机に閉まってあった、二三ページぐらいしか使ってないジャポニカ学習帳をとりだして、けみょーん
のマネ漫画を描いてみる。線がふにゃふにゃになって顔とか体がうまく描けなかった。でも面白い。ぼくは時間
を忘れて、たくさんコマを作って描いた。
 そうだ。漫画っていうのはプロだけが描くものじゃない。みんなが描くものなんだ。
 田中田先生のけみょーんはもう観れないけど、新しいけみょーんはどこでも観れるのだ。
 みんなにほめられようがコケにされようがつまらないといわれても面白いといわれても、描けば生み出されて
しまうのだ。これってめちゃくちゃ素敵なことじゃん。
 といっても漫画家になりたいと思わないし、将来そう思えるようになるのかどうかも知らない。
 でも漫画を観ること、描くことは面白い。面白いことはいいことなのだ。今度あいつらとも面白い漫画について
語ろうと思う。
 来週になったら、ジャンプでも買ってみるかな。

 ちゅんちゅんこけこっこーが耳から入ってきた。カーテンを開けたら外はもうお日様ぴかぴかだった。
 どうやらそのまま寝ちゃっていたらしい。
 いっぱい漫画を描いて、いっぱい眠っちゃったんだね。



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