【 嗜好 】
◆nOA3ItxPxI




45 :No.10 嗜好 1/4 ◇nOA3ItxPxI :08/04/13 23:37:28 ID:jypmFR7F
この世界には素晴らしいものが一つだけある。唯一誰もが受けることができる洗礼。教えてやるよ、それは愛だ。

 俺が高々と宣言すると、ファーストフード店にありがちな妙な静けさを打ち破る爆笑の渦が湧き興った。
それは、俺の友人だけでなく、店内の客や店員を含めたものであった。俺は何がおかしいのか全然ワカンネェよと言った。妙に頬が熱い。さっきのカレーうどんがやたら効いてるのか? 真夏にカレーうどんは考えものだな、と俺は安物の丼に申し訳程度残った汁を箸で掻き混ぜた。
「顔赤いよ、おまえ」
とユウキがニヤニヤしながら言った。
「茶化すんじゃねぇよ、こいつの愛の唯我独尊宣言をもうちっと聞きてぇんだよ」
とヤマモトがニヤニヤしながら歯を覗かせる。二人…、いや斜め前のカップルも俺を見て笑っている。女がリスみたいに小刻みに体を揺らす。男はそれを制するようにし肩を掴む。だが肩に置かれた手徐々に下にずれ込み乳房に触れた。
 ざけんな。おっぱいには夢がロマンが詰まってるんだ。愛の塊と言っていい。ここにも愛が溢れてる。ざまーみろ、ピース。
「抜かせ。元々俺は顔が赤いの、分かる? そういう遺伝子を継いでるんだよ」
「じゃあおまえの親父もきっと愛について熱く語ったんだろうな。解熱剤でも打って貰ってたんじゃね?」
「特別な調合を施しておりますってか」
おまえら、笑えねーよ、全然笑えねーよ。
「掃除が不十分で黒い線が堂々と残ってる窓から空を覗いて見ろよ。鉛色の雲が空を埋め尽くしていて無惨だろ?
 おまえらはそれ以下だよ。愛がないからな」
 俺は立ち上がるとさっさっと出口に向かう。会計どうすんだよという声が聞こえたが無視することにした。


46 :No.10 嗜好 2/4 ◇nOA3ItxPxI :08/04/13 23:37:39 ID:jypmFR7F
 店を出ると爽やかな風が頬を撫でるように吹き抜ける。俺はその足である場所へと向かった。…路地裏にある、一見、ただの寂れた汚らしい喫茶店にしか見えないその店。実際は、内装が綺麗な書店なのだ。
 しかしその書店は普通ではない。いわゆるエロ漫画を専門に扱う、未成年お断りの店だ。扱うブツもかなりディープで、ねっとりとした店内の熱気がそのまま詰まっているような作品ばかりだった。
 俺はそれに呑まれてからというのも、常連になった。
「いらっしゃい」
ジャン・レノそっくりのマスターが笑顔で挨拶してきた。店長なのだが何となく雰囲気はバーのマスターだから、皆にそう呼ばれている。今日は俺しか客がいない。
「うす。マスター」
「どうだい一冊買わないかい? 新しいの入ってるよ?」
「遠慮しとくよ」
俺は手をヒラヒラと振りながら、マスターもこれらの本で抜いてるのだろうかと想像した。…駄目だ、ギブアップ。笑えしまう。
「そろそろ店終いするんだよ。買うなら今のうちだよ」
え、と俺は呟き、やめちゃうんですかと尋ねると、マスターは淋しそうに言った。
「法も厳しくなって来てねぇ。漫画も駄目になるのも時間の問題かもしれないからね」
「まだ大丈夫だろ? まだ決まったわけじゃないんだし」
店長は静かに首を振ると静かに話し始めた。

47 :No.10 嗜好 3/4 ◇nOA3ItxPxI :08/04/13 23:37:54 ID:jypmFR7F
 「私はね、別にエロ漫画が好きでこの店を始めたわけじゃないんだ。ただ金が欲しかったんだよ。私はこんな本で抜くことは出来ないし、正直嫌悪感すら覚えるよ」
俺は黙っていた。
「だから君たちみたいな客を理解もできなかったんだ。特にこんな年端もいかない少女を犯すような本が受け入れることの出来る人間を理解できなかった」
「分かります」
「え?」
「俺、この本で抜いたこともありません。勃起したこともないんです」
店長は驚いた様子だった。俺も驚いていた。話す気なんかなかったのに。唇が勝手に動いている、そんな感じだった。
「じゃあ…なんで…。君は常連さんじゃないか。もう何冊も買ってるじゃないか」
はい。…じゃあなんで、ともう一度マスターは言った。面倒なことは嫌いだ。俺は眠ってしまいたい衝動に駆られたが枕もない場所で寝るなんて非常識だなと考えた。
「犯されてるじゃ…ないですか…。すごく愛されてる感じじゃないですか」
口調が戻ってしまっている。マスターは怪訝そうな表情をし、俺を見つめている。そろそろ限界だった。
「俺は、愛されたいんです、すごく。俺は愛されたことなんか一度もないんです。でもこの本の少女は愛されてるんです。粗雑でも、よがってる、感じてる。それって愛の実感ですよね?」
「よく…分からない。君が何が言いたいか分からない」
「俺だって分からない。普段は乱暴な口調なのに家に帰るとデスマスって喋るんですよ、殴られるから」
俺は近くに平積みにされた本を手に取った。


48 :No.10 嗜好 4/4 ◇nOA3ItxPxI :08/04/13 23:38:06 ID:jypmFR7F
 そこには、強調されたペニスを押し込まれよだれを垂らしながら感じている幼い少女がいた。少女は愛されているのだ。
「君はどうしたいんだい」
「分からない」
「私には分かるよ」
「どうすれば…いいんでしょう」
マスターは静かに俺の肩を抱き寄せた。
「君は私に黙って抱かれればいい」
「なぜ?」
「分からない」
分からない?そう分からない。でも私は君を抱かないといけない、そんな気がするんだ。

  ――愛は盲目。愛して愛して愛し抜いた者でなければ愛の味を知ることはできない。けれども、愛は決して俺たちを受け入れる容器ではない。愛とは、倒錯し曲がりくねった弾丸のようなものだろう。

 俺は、肩に回されているマスターの腕を、優しく外した。マスターをぶっばすと、マスターの体が回り始めた。刹那、視界が静かに反転すると、俺はそのまま壁に向かって弾丸のように突っ込んで減り込んでいった。
 俺は愛しされているのだ。



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