【 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 】
◆gNIivMScKg




26 :No.06 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 1/5 ◇gNIivMScKg:08/04/13 14:48:08 ID:gT7wr8/r
 我輩は猫である。名前はまだ無い。
 いや、嘘だ。猫かと思ったが、どうやらそうじゃない。確かに猫のような耳はついているんだが、この顔はど
う見ても人間のそれと変わらない。おまけに二足歩行とくれば、どっちかと言えば人間だな、うん。
 そう思っていたらしっぽが生えてきやがった。ふさふさシマシマのカギしっぽが。なんじゃこりゃ。
 うわっ、ヒゲまで……! って、あれ? 一瞬、頬の辺りに長いヒゲが生えたような気がしたんだが、気のせ
いだったみたいだ。やれやれ。
 それにしても、ここには何もない。真っ白で空虚な空が広がっているだけだ。地面さえない。じゃあどうやっ
て立ってるんだよと、聞きたいのはこっちの方だ。
 まあ、何もないもんは仕方ない。どういう理屈かそこに立っていることも、この際目をつぶろう。だが、服さ
えないのはいただけない。どうせ周りに誰かがいるわけでもないんだし、恥ずかしく思う必要もないのだが、フ
ァンシーな耳としっぽ付きとはいえ、一応人間のような存在であるからには、いつまでも素っ裸というのは考え
物だろう?
 その思考が天に届いたのか、肩口の辺りからもこもこと何か布のような物が現れだした。よかったよかった。
これで、少なくともいきなり人前に放り出されても恥ずかしい思いをしなくて済む――って、何だこれ? もし
かして、マント?
 前言撤回。全裸にマントなんて格好で人前に現れたりしたら、それこそ素っ裸よりよっぽど恥ずかしい思いを
するに決まってる。いや、恥ずかしいでは済まない何かペナルティ的なものを頂戴することになりそうだ。
 なんて考えているうちに、マント以外覆うもののなかった身体に、やけにぴっちりした服が着せられていく。
これは……軍服だろうか? 身体の中心に沿った二本のラインと左胸の鷲だか鶯だか判別がつかない刺繍の入っ
た詰襟のジャケットらしきもの。シンプルここに極まれり、といった感じのスラックスに、軍靴というにはおし
ゃれっぽ過ぎるレザーブーツのような代物が足元を覆っている。ベルトの巨大なバックルには幼稚園児が描いた
ヘビみたいな動物がくねくねと踊っているし、いつの間にやらマントの肩には妙にカクカクした、ゴテゴテの勲
章らしきものがぶら下がっていた。
 なんていうか、センスない。この服を考えたやつは頭に妖精の類が沸いているか、服というものを着たことが
ないかのどちらかだろう。素っ裸でいるよりかはいくらかマシだが、人前に出るのが恥ずかしい、という問題は
なんら解決されていない。善意に似た悪意ほど厄介なものはないというのは本当のことらしい。
 しかし、今のところ俺以外の人物が現れる様子もないし、これで良しとするべきなんだろう。などと、風もな

27 :No.06 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 2/5 ◇gNIivMScKg:08/04/13 14:48:24 ID:gT7wr8/r
いのにたなびくマントを気にしながら自分を納得させていると、おしゃれブーツの下に何か文字が浮かび上がっ
てきた。足元に出現するのが地面ではなく文字であるあたり、この世界の神様の奇天烈ぶりが窺える。
 なになに……? クロード・J・ヴァンダム? 誰だよ、その俳優のそっくりさんみたいな名前のお人は。
……俺か? あれ、そういえば俺、クロードって呼ばれてた気がするわ。うん、思い出してきた。そうかそうか、
ここに浮かんでくる文章は俺のプロフィールか。そうだよな。だって俺、少佐だった気がするもんな。ここに書
かれてる通りさ。なんていう軍隊に所属してたかは全然思い出せないけど。
 んで、年齢は……っと、そうそう俺ってまだ十四歳だったわ。すごいだろ? 十四で少佐って一体いつ入隊し
たんだよ、って話だけど、俺ってば天才だから仕方ないよな。入隊から二年でここまで上り詰めたんだよな。我
ながら恐ろしいぜ。
 そして、普段は寡黙なんだ。幼い頃に両親と死別して以来、俺は幼馴染の少女以外の誰にも心を開かなくなっ
た。両親を失う原因となった戦争を憎んでいるけど、結局その戦争を助長するような自分の立場に深い葛藤を抱
いている。
 父さんや母さんを奪っていった敵国のやつらは許せない。しかし、俺が軍にいることで俺のような人たちを増
やしてしまっているのではないか。だが――
「ふん……くだらないな」
 最早、口癖となった言葉を誰にともなく吐き捨てる。そんな己の葛藤を一蹴することで、俺は多くの戦果を挙
げ、ここまで上り詰めてきたんだ。今さら、後になど引けるものか。
 俺は栄光ある独立軍(仮)のマントを翻し、見えない地面にコツコツと足音を響かせ去っていく――

 蛍光灯さえない廊下を俺は前だけを見据え歩いていた。ここがどこなのか、そしてどこへ向かっているのかな
んて知らない。
「難しい顔をしてるのね」
 不意に背後から声が聞こえ、俺は立ち止まり、そして振り向く。
 肩口で切りそろえた髪に、俺と同じデザインの服を身にまとった同じく猫耳の少女。ええと……
「メグか。何か用か」
 そう、彼女はメグ・リアン。俺の二つ年上の幼馴染であり、部下でもあった。この若齢で佐官にまでなった俺
には、組織内でも風当たりが強く、それが一層俺の心を荒ませていた。数少ない理解者である彼女といる時間だ

28 :No.06 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 3/5 ◇gNIivMScKg:08/04/13 14:48:39 ID:gT7wr8/r
けが、俺に心休まる時間を与えてくれるのだ。
「別に何もないわ。○○○の調子はどう?」
「問題ない。順調だ」
 ○○○とは……えと、我々革命軍(仮)が誇る人型有人ロボット兵器、その俺の愛機のことであり、詳しいこ
とはまだ不明だ。そんな得体の知れないもので数々の功績を挙げた俺は、めでたく少佐へと昇進する運びとなり、
また押しも押されぬエースパイロットの座を獲得したのであった。
「気をつけてね」
 何にどう気をつければいいのか、などどうでもいいこと。俺は得心顔で一つ頷く。そしてメグに背を向けると、
再び廊下を歩き出した。
 次の瞬間、目の前に現れた扉の上部には『作戦室』のプレート。俺はそれには目もくれず、自動で開くドアを
通り抜け迷わず中へ入っていく。
「遅かったな」
 なるほど。メグの言っていたとおり気をつけなければ。何せ、部屋に入るなり声をかけてきたのは全身真っ白
ののっぺらぼうの妖怪であり、大きさのつかめない長テーブルには同じようなのっぺらぼうが八人ほども座って
いたのだから。
「申し訳ありません」
 殊勝にも俺は奥に座る一番偉そうなのっぺらぼうに頭を下げた。何故だ? いや、当たり前だ。この人は上司
でありこの艦の船長でもあるウィリアム・ブルース提督なのだから。顔と思しき部位の中央を走る十字には歴戦
の凄みと威厳が溢れているようだ。
 そういえば、他ののっぺらぼうたちも俺の仲間であり、部下であるものたちだった。もちろんそれぞれに名前
があるはずだが、思い出せない。しかし、そんなことは瑣末な問題なのだ。
 ということで気をつけなければならない事案がほかに存在することが判明したが、今はそれどころではない。
俺の着席を合図に、例の作戦会議の開始がブルース提督によって宣言されたからだ。
 いよいよだ。いよいよ、この時が来たんだ……!
 例の、が何を指すのかは一向に思い出せないままだったが、気に病む必要もないだろう。ただ俺は、沸きあが
る感情のままに何かを叫ぼうとした。
 そして、意識が――――

29 :No.06 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 4/5 ◇gNIivMScKg:08/04/13 14:49:05 ID:gT7wr8/r
    
 ――気が付くと、真っ白な世界に立っていた。虚ろで、色さえ、立っているはずの足場さえない、情報量の圧
倒的に足りない空間。
 ここはどこだろう? というかわたしは誰? なんかさっきまで怪しい服を着てどこかに座っていたような気
がするけど……夢、だったみたいね。だってほら、ここにはなーんにもないし、わたしはこのとおり素っ裸だも
ん。何故か。
 それに耳だって普通のが――って、あるじゃん。猫耳。しっぽもあるし……どうなってんの?
「はじめましてだにゃん!」
 うわっ! なに今の声? もしかして……いやいや、そんなわけない。わたしはそんなこと言わない。言うは
ずがない、と信じたい。お願い、神さ――
「わたしはメグミだにゃん!」
 祈りを天に届かせる前に、わたしの口が意思に反して勝手に動く。
 ……ちくしょう、やっぱわたしだった。だにゃんて。だにゃんて……もううこしひねってくれよ、わたし。
 せめて、だにゃん、の他にもだにゃあ、とか、み〜、とかのレパートリーがあれば少しはマシにゃのににゃ。
あ、届いちゃったようだにゃ。み〜、いらんことだけ聞き届けてくれる神さまだにゃん。ていうか、すでにモノ
ローグにまで汚染が始まっているのか、だにゃん口調は。
 愕然とするわたしに追い討ちをかけるように、忽然と足元に文字が浮かび上がってくる。文字より先に地面だ
ろ、ていうか服着せてくれよ、って、これ前にも言ったことがあるようにゃ……? デジャヴ?
 えーと、にゃににゃに……李・J・メグミ? おいおい何人だにゃん、そいつ。血混ざりすぎだにゃん。いや、
このグローバルでボーダレスな今日、このくらいでつっこんじゃいけないのかにゃあ。だよね。だって、わたし
の名前だもんにゃ、これ。
 そう、わたしはなんか色々なクォーターで猫耳な十四歳の元気な女の子にゃ! 素っ裸だけどおしゃれと魔法
が得意な、青春真っ只中の中学生。今日も謎の呪文で怪物たちをやっつけるのにゃあ! でも憧れの蔵人くんの
前ではちょっぴりモジモジしっぽフリフリの――――
 ハッと、唐突に我に返る。みれば、足元の文字は波にさらわれた砂浜の相合傘のようにきれいさっぱり消えて
いた。

30 :No.06 ウィリー・ニリー・ヒーローズ 5/5 ◇gNIivMScKg:08/04/13 14:49:24 ID:gT7wr8/r
 今、ものすごい白昼夢を見ていたような気がするけど、頭の中の蜃気楼は記憶ごと消え去ってしまったようだ。
よかったような、そうでもないこともなかったような。
 結局、わたしは誰で、ここはどこなんだろう。ああ、「もう考えるのめんどくさくなってきた」
 って、今の誰のセリフ?
 え? あれ? なんだか急に、眠くなっ……て――――

 ――我輩は猫である。紛れもなく猫である。ごく普通の猫である。よって、喋るはずもないのである。
 ……にゃあ。
 にゃあ、にゃあ。
 にゃあにゃあにゃあ。にゃあ、にゃあにゃあにゃ――

「はああ……」
 目の前の紙を手に取ると、そこに描かれた落書きを見て、もう一つ息を吐く。
 大した力も要らずに手の中でくしゃくしゃになった紙が小さな放物線を描く。すでに満杯のゴミ箱へ飛んでい
ったいびつなボールは、カサリと音をたてて床に落ちた。
 <了>



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