【 平安美人と天使のカステラ 】
◆/7C0zzoEsE




88 :No.20 平安美人と天使のカステラ 1/5 ◇/7C0zzoEsE:08/04/07 00:56:23 ID:6ALZynw7
 タイムマシンが発明されて随分久しい。
相対性理論やゲーデル解だなんて、欠伸がこぼれてしまう。
そんな小難しい話をぶっちぎって、とにもかくにも昨今の科学者達は素晴らしいのだ。
 格安のタイムトラベルツアーを探し出して、なけなしの貯金も全部下ろした。
この春期休暇を利用して、平安時代に一人旅へと洒落込もう。
 そうして私の夢はリアルとなるのだ。
 女の子って生き物は、いつも可愛らしくありたいし。
そのために美しい何かを身につけていたいと思い願っているものだ。
 ウェディングドレスに振り袖、着物などなど。甘く誘う服装の数々には限りが無いけれども。
とりわけ教科書で存在を知ってから、虜になって止まないそれがある。
 『十二単』昔のお姫様のお召し物。
あんな美しい衣装に包まれ、檜扇で顔を隠して静々とした佇まい。
きっと理想像の女の子になることが出来る。
 そのためになら亜空間も四次元空間も飛び越えてみせるというものだ。

「本日は当社の『日帰り過去体験旅行』に御参加いただき、真にありがとうございます
これから当機を利用しまして、お客様方それぞれのご希望の時代へ送り届けます。
その際旅先で起こりました事故に関し、当社は一切の責任を負いませんことをご了承ください」
 担当のツアー社員はマニュアル道理に説明を進める。
格安とだけあって、タイムマシンはみるからにオンボロで。
それでも私を含め、十数人のタイムトラベラーを乗せてふわりふわりと浮かんでいる。
 タイムマシンは円形の浮遊物体で。昔、極秘で実験が為されていたときの話だが、
民間人の間ではUFOと呼ばれ都市伝説となっていたらしい。
 タイムマシンの中には円形の壁面に沿って椅子が取り付けられている。
中心にはシャワールームの様な個室があり、そこに一人ずつ入って指定した過去に飛ばされるらしい。
「出来る限り現地の人とは関わらないように心がけてください。
それから、当時に持ち行く荷物等はこちらで完全に用意させて頂きます」

89 :No.20 平安美人と天使のカステラ 2/5 ◇/7C0zzoEsE:08/04/07 00:56:42 ID:6ALZynw7
 素性も知らぬ馬の骨に、当時の貴族が十二単を着させてくれるとは思わない。
その為に当然手土産を用意した。四袋入りのカステラを一箱。
 鞄の中に隠し持っているが、当然の事ながら懇願しても持ち込めないだろう。
「それから」
 担当員は続ける。彼の指先には耳栓ほどの超小型聴音機がつままれている。
「この『聞こえるンです』は常時耳に入れて下さい。
当時の人との会話を円滑にするのと、タイムマシンからの連絡を受け取る役割を果たしてくれます。
時間には必ず初めに送られた地点で待っているようにしてください」
 早口でまくしたてられた後、私達は希望した時代の着替えと聞こえるンですを手渡される。
どうやら持っていって良いのはこれらだけみたいだ。
 シャワールーム……もとい次元転移装置は個室代わりとされる。
一人一人着替えが済んでいく。羽織と袴の女性や、紡いだ麻を被る様にしただけの男性もいる。
 私は当時の庶民が身につける、小袖という実に質素な服装に身を包んだ。
他の客は過去に行ける実感が湧いたようで、そわそわそわそわしている。
 それでも、貯金を全額下ろした理由。私の野望は唯一つ。
「それでは五十音順にお呼びしますので、順にお出でください」
 一人ずつ装置に入っていき、カーテンを閉める。
隙間から光が零れて、シャっとカーテンを開くともう誰もいない。
 タイムマシンの中はみるみるうちに広くなっていく様だった。
「あの、ごめんなさい……」
「どうしました?」
「コンタクトレンズって持ち込めませんでしたよね……?」
「ええ、勿論です。着用しているのでしたら、どうぞお外しください」
 彼はゴミ箱を指差すが、私はパッチリ大きく潤んだ瞳で覗き込む。
「私の荷物に戻しますので、預けていた鞄を渡してもらえますか?」
 彼はドギマギした様子で、結構ですよと呟いた。
 自分で言うのもおこがましい話なのだけど。顎は細くて、小さな顔。
健康的な小麦色の肌。見るものを吸い込みそうな大きな瞳。
肩ほどまでの茶色がかった髪を振り分け、自他共に認めるほど私は可愛い。 

90 :No.20 平安美人と天使のカステラ 3/5 ◇/7C0zzoEsE:08/04/07 00:57:03 ID:6ALZynw7
 私は鞄にコンタクトレンズを戻すフリをしながら、準備していたカステラを下着に隠し入れた。
「お手数かけて申し訳ありませんわ」
 私がにこっと微笑むと、彼は顔を赤くしたまま。
「どうぞ、良い旅を」
 荷物をもう一度預けなおして、装置の中に入りカーテンを閉められる。
私は光に包まれて――そんな月並みな台詞通りに私は時空を飛び越えた。
◆◆◆
 目を開くとお花畑のど真ん中。
タンポポすら機械で創造されるようになった昨今では、
ふかふかのお花畑で眠るのも凄く素敵だな。そしてゆっくりと目を瞑る……。
「訳にはいかない!」
 私の野望は唯一つ。遠目に都合よく見える大層な寝殿造のお屋敷まで足を運ぼう。


「なんと、なんと美味なるものか!」
 手土産を渡したいと見張りの者に頼み込むと、案外あっさりと謁見できた。
それほど警戒心は生まれていないのか。ともあれ、カステラ一袋を賞味させることに成功した。
「もっと! 何でも褒美は取らせるから、もっと他には無いものか!」
「お望みとあれば、これから幾らでもお持ち致しましょう……しかし、一つお願いがあります」
「何じゃ、何だろうと言うてみい」
「一度、十二単を着させてたもう!」
 私が一段と声を張り上げると、周りで見ていた者たち皆が呆気にとられたように見えた。
どこかでクスクス笑い声まで聞こえてきた。   
カステラをほお張っていた、なんたら氏の貴族も苦虫を噛み殺したような顔でいる。
「そうか、おぬしが……。うぬう、あい、分かった。用意させよう!」
 奥の部屋で、下女達によって単が重ねられていく。
感動で涙が出そうになったが、押し堪えて鼻を啜る。
 すると下女達が頭上でクスクス笑いを含めて、彼ら独特の隠語で会話している。
なんと聞こえるンですの力でそれまでも意味が理解できてしまったのだ。
 そして私が抱えていた、一切の違和感の正体に気がついた。

91 :No.20 平安美人と天使のカステラ 4/5 ◇/7C0zzoEsE:08/04/07 00:57:26 ID:6ALZynw7
「この子ったら、こんな醜い姿で十二単だなんて……」
「まったく似つかわしくないのにも程があるわ」
 私は腹がたつ以上に、驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
今まで一度も容姿の事で、けなされた事は無かった。
それなのに、それほど美しくも見えない彼女達にこんな風に言われるとは。
 美的感覚の違いなんて、すっかり忘れてしまっていた。
「身の程を知りなさいという話よ」
「しっ、あんまり喋りすぎたら感づくわよ。この子」
 彼女達は人を小馬鹿にしたような笑みを消さずに、単を被せ続ける。
これはきっと私がいつか誰かに向けていた笑みだ。
次第に重くなっていく着物と共に、気分まで重くなってしまった。
「はい。出来ましたよ。凄くお似合いですわ」
 彼女達がにっこり微笑んでくれた。
だけど、どれほど虚しくて意味の無いことなんだろうか。
 彼女達の目に、私は決して理想像の女の子になり得ない。
「ええ、どうも……ありがとう」
 そこには十二単に身を包んだ。絶世の不細工が君臨していたことだろう。


――カステラの二袋ほどは貴族様に渡してきて。そして私は花畑へと戻る。
 うっすら目元には涙が浮かぶが、この時代だと醜くて仕方ないだろうから我慢して堪える。
 花畑には先客がいて、花を踏み分け走り回っていた。町の少年だろうか、私の元へとやってくる。
「何でぇ、姉ちゃんブッサイクだなぁ」
「……う、うるさい」
「泣いてたら、もっとブサイクに見えるぞ、笑うべ」
「分かってるわよ!」
 シッシっと払いのけても少年はまとわりついて離れない。
いいかげん腹がたって、ついキツい言い方になってしまう。

92 :No.20 平安美人と天使のカステラ 5/5 ◇/7C0zzoEsE:08/04/07 00:57:47 ID:6ALZynw7
「あっち行ってて!」
「うちの母ちゃんも不細工だけど何時も笑ってるぞ」
 少年は私の顔を覗き込んで言う。
「お屋敷の奴らは駄目だ。おしろい塗りたくって、顔を隠してら。
美人かも知れないけど、なにかに頼って美しくみせようとするよりも。
素のままで堂々としてられる方がずっと素敵だぞ」
 だから母ちゃんと結婚したんだ、って父ちゃんが言ってた。
少年はワハハと笑っている。
 私? 私はどうだろう。果たして現代で十二単を着ていると美しかったのだろうか。
普段の私よりもずっと素敵だったのだろうか。
そうだとしたら、素敵なのは私か十二単のどちらなのだろうか。
 頭がグルグルまわって、そして、
「これあげる」
 残っていたカステラの最後一袋を、少年に差し出した。
「食べてごらん」
 少年が必死に袋を破いていると、聞こえるンですから連絡が聞こえてきた。
【時間です。タイムマシンへと帰艦するので、出発地点に戻ってください。時間です】
「美味しい?」
「すごい、こんなの……食べたこと無いぞ!」
 にこっと素のまま微笑むと、少年は何故だか顔を赤くしたように見えた。 
「姉ちゃん、お姉ちゃんって何者なの?」
「私はねぇ――」
 眩い光に包まれて、身体が宙に浮き始める。少年はワワワと慌てて、戸惑って、混乱したまま尋ねる。
「天使なのぉ!?」
 私はあまりに可笑しくって。そんなわけ無いじゃん。少年に向かって、小さく舌を出し、あっかんべえ。
「……教えてあげない!」
 光は風船のように広がっていき、バチバチと音を立てて、私の身体は平安時代から消えていく……。
◆◆◆
「……本日は当社の『日帰り過去体験旅行』に御参加いただき、真にありがとうございました――」
                                       <了>



BACK−人の振り、我が振り◆bsoaZfzTPo  |  INDEXへ  |  NEXT−40イヤーズ・ヴィンテージ◆QIrxf/4SJM